すべて人は、知恵も才能もないようにふるまうべきものである。
ある人の子で、見た目なども悪くない者が、父の前で人と話をする時に、歴史書の文を引用したのは、賢そうには聞こえたが、目上の人の前では、そうでなくてもよいのにと思われた。
また、ある人のところで、琵琶法師の語りを聞こうとして琵琶を取り寄せたところ、柱(弦をささえる部品)が一つ落ちていたので、「作って付けよ」と言うと、そこにいた男たちの中で、悪くないと見える者が、「古い柄杓の柄はないか」などと言う。見ると爪を伸ばしている。琵琶などを弾くのだろう。盲目の法師の琵琶に、そんな気づかいをするまでもないことだ。その道に通じているということを示したいのだろうかと、はたで見ていて苦々しかった。「柄杓の柄は檜物の木とかいって、よくないものだ」と、ある人がおっしゃった。
若い人は、ちょっとしたことでも、よく見えたり悪く見えたりするものである。