第16話神話・歴史抄訳
巻第二十八 天武天皇元年六月〜七月(不破の道)
吉野を出た大海人皇子の一行は、夜を徹して伊賀を越え、伊勢に入った。途中、大分君恵尺らの知らせで、近江から高市皇子が脱出して合流した。一行は鈴鹿の関を固め、伊勢の朝明郡の迹太川のほとりで、はるかに天照大神を拝した。
大海人は桑名に入ると、高市皇子を先に不破へ遣わして軍事を監督させた。これに先立ち、舎人の村国男依らが美濃へ走り、兵三千を集めて不破の道を塞いでいた。不破は近江と東国を結ぶ要の道である。ここを押さえられたことで、近江朝廷は東国の兵を動員できなくなった。
大海人は不破に入ると、野上に行宮を置いた。高市皇子は和蹔から出迎え、「近江の朝廷には、左右大臣や知略にたけた群臣が集まって策を練っています。私には共に謀る者もなく、ただ幼い若者がいるだけです。どうすればよいでしょう」という大海人の嘆きに対し、腕をまくって剣を握り、「近江の群臣が多くいようとも、どうして天皇の霊威に逆らえましょう。私が諸将を率いて征討します」と答えた。大海人はこれを褒め、軍事をすべて高市皇子に委ねた。
東国の兵が続々と集まり、大海人の軍は二手に分かれて大和と近江へ進んだ。七月二十二日、村国男依らは瀬田の橋で近江軍と決戦した。近江方の将智尊は、橋の板を外して綱で引き落とす仕掛けを作って待ち受けたが、大分君稚臣が矢を受けながら橋を駆け渡って敵陣を破った。近江軍は総崩れとなった。翌日、大友皇子は逃げ場を失い、山前で首をくくって自害した。
翌年二月、大海人皇子は飛鳥浄御原宮で即位した。天武天皇である。