第24話和歌集抄訳

万葉集

巻九・1807〜1808(高橋虫麻呂)

舞台 真間(市川)(千葉県)
成立 759年以後 作者 大伴家持ら(編)

原文勝鹿の真間の井見れば立ち平し水汲ましけむ手児名し思ほゆ

現代語訳

【勝鹿の真間娘子を詠んだ歌】

東国に古くから言い伝えられてきた話がある。葛飾の真間の手児名という乙女は、麻の衣に青い襟をつけ、ひたすら麻の裳を織って着ていた。髪も櫛でとかさず、沓もはかずに歩いていた。それでも、錦や綾に包まれて大切に育てられた姫君さえ、この娘には及ばなかった。満月のように満ち足りた顔で、花のようにほほえんで立っていると、夏の虫が火に飛び込むように、港に船が漕ぎ入るように、男たちが次々に寄り集まり、言い寄った。

しかし、人の命などどれほども長くはないのに、どうしてそんなことを思ったのか、娘は自分の身の定めを悟って、波の音が騒がしい港の墓所に、横たわってしまった。遠い昔にあったことだけれど、つい昨日見たことのように思われてならない。

【反歌】

葛飾の真間の井戸を見ると、何度も通って地面を踏みならし、水を汲んでいたという手児名のことがしのばれる。

多くの男たちに求婚された手児名は、誰か一人を選べば他の者を苦しめることになると思い悩み、入り江に身を投げたと伝えられる。高橋虫麻呂は、各地の伝説を歌にした「伝説歌人」として知られ、この歌でも、素朴な身なりの中に輝く乙女の美しさと、その悲しい最期を物語のように描き出している。

山部赤人もこの地を訪れて手児名の墓を詠んでおり、真間の伝説は都の歌人たちの心をとらえていた。市川市の手児奈霊神堂の近くには、今も真間の井と伝える井戸が残る。

地点メモ:求婚者たちに悩み入水した伝説の美女・真間の手児奈を高橋虫麻呂らが詠む。
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