第46話物語抄訳
第九段「東下り」(宇津の山)
八橋を後にして、さらに旅を続けて行くと、駿河の国に着いた。宇津の山に着いて、自分たちが分け入ろうとする道は、たいそう暗く細いうえに、蔦や楓が茂っていて、なんとなく心細く、思いがけない目にあうことだと思っていると、修行者に出会った。
「こんな道に、どうしていらっしゃるのですか」と言うのを見ると、なんと見知った人であった。都に、あのお方のもとにと思って、手紙を書いてことづけた。
「駿河の国にある宇津の山のあたりに来ていますが、その名のように、うつつ(現実)にも、夢の中でさえも、あなたに会えないのですね」
昔の人は、相手が自分のことを思ってくれていれば、その人が夢に現れると信じていた。夢にさえ恋しい人が現れないのは、あの人がもう自分のことを思っていないからではないか。そんな不安と寂しさが、この歌にはこめられている。「宇津」と「うつつ」を響かせた、しゃれた言葉遊びでありながら、心細い山道の情景と重なって、深い孤独を感じさせる。
この宇津の山を越える道は、のちに「蔦の細道」と呼ばれるようになった。静岡市と藤枝市の境にある宇津ノ谷峠で、今も古道が残り、歩いて越えることができる。江戸時代には東海道の難所として知られ、峠のふもとの宇津ノ谷の集落には、名物の十団子を売る茶屋が並んだ。
鎌倉時代に東国へ下った阿仏尼の『十六夜日記』や、多くの紀行文でも、旅人たちはこの地で業平の歌を思い起こしている。『伊勢物語』の東下りは、後の時代の旅人たちにとって、旅の手本であり、心の道しるべでもあった。