第47話物語抄訳

伊勢物語

第九段「東下り」(富士の山)

舞台 富士山(静岡県)
成立 10世紀 作者 作者未詳

原文時しらぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪のふるらむ

現代語訳

宇津の山を越えて、富士の山を見ると、五月の末だというのに、雪がたいそう白く降り積もっている。

「季節をわきまえない山は富士の山だ。今をいつだと思って、鹿の子の毛のようにまだらに雪が降り積もっているのだろう」

その山は、ここ都でたとえるならば、比叡山を二十ほど積み重ねたくらいの高さで、形は塩尻(塩田で砂を円錐形に高く盛り上げたもの)のようであった。

陰暦の五月の末は、今でいえば七月上旬、真夏である。都で育った一行にとって、真夏に雪をいただく山など想像もできないものだったのだろう。季節を知らない山だとあきれてみせながら、その雪の模様を、子鹿の背にある白いまだら模様にたとえている。季節外れの雪に驚く気持ちと、それを軽やかに言い表す機知とが一つになった歌である。

「比叡山を二十ばかり重ね上げたらむほど」という言い方も、都の人らしい誇張でおもしろい。比叡山の高さは約八百五十メートルなので、二十倍すれば一万七千メートルにもなってしまう。実際の富士山の高さは約三千七百七十六メートルだが、それほど途方もなく高く見えたということであろう。

『竹取物語』では、帝が不死の薬を焼かせた山として富士が登場する。『伊勢物語』では、都を離れた男が東国で初めて目にする驚異の山として描かれる。富士山は、平安時代の人々にとって、はるか遠い東国の象徴であった。

地点メモ:五月の末に雪をいただく富士を見て「時知らぬ山は富士の嶺」と詠む。
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