第87話軍記物語抄訳

平家物語

巻十一「先帝身投」「能登殿最期」

舞台 壇ノ浦(山口県)
成立 13世紀 作者 作者未詳(信濃前司行長説)

現代語訳

元暦二年(一一八五年)三月二十四日、長門の国の壇ノ浦で、源平最後の決戦が行われた。初めは潮の流れに乗った平家が優勢であったが、潮の流れが変わると、源氏が攻勢に転じた。平家の兵船は次々と攻め落とされていった。

平知盛は、帝の御座船に参り、「もはやこれまでです。見苦しい物はみな海へお捨てください」と言って、自ら船の中を掃き清めた。女房たちが「中納言殿、戦はどうなっているのですか」と尋ねると、知盛は「珍しい東男をご覧になることでしょう」と、からからと笑った。

清盛の妻、二位の尼(平時子)は、覚悟を決めて、喪服の鈍色の衣を頭からかぶり、練絹の袴の裾を高く挟み、神璽を脇に抱え、宝剣を腰に差して、幼い安徳天皇を抱き上げた。帝は八歳であったが、年よりも大人びて、髪は背中の下まで垂れていた。

帝は驚いた様子で、「尼ぜ、私をどこへ連れて行こうとするのか」とおっしゃる。二位の尼は涙をこらえて、「君はまだご存じないのですか。前世の善行によって帝としてお生まれになりましたが、悪縁に引かれて、ご運はもう尽きてしまわれました。まず東を向いて伊勢大神宮にお別れを申し上げ、それから西を向いて、西方浄土の仏のお迎えにあずかろうとお思いになって、お念仏をお唱えなさいませ。この国は辛いことの多い所ですので、極楽浄土という結構な所へお連れ申し上げるのです」と泣く泣く申し上げた。

帝は、小さな手を合わせて、東を伏し拝み、伊勢大神宮にお別れを申し上げ、それから西を向いて念仏を唱えられた。二位の尼は帝を抱き申し上げて、「波の下にも都がございます」とお慰めして、千尋の海の底へと沈んでいった。

知盛は、「見るべきほどのことは見つ」と言って、鎧を二領着て、乳母子と手を取り合って海に入った。こうして、栄華を誇った平家一門は、壇ノ浦の波の下に滅び去った。

地点メモ:平家滅亡。二位尼が幼い安徳天皇を抱き「波の下にも都の候ふぞ」と入水。
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