第92話随筆抄訳・要確認
第三十四段・第百十九段(金沢の海)
【第三十四段】
甲香(貝の蓋。練り香の材料とする)は、ほら貝のような形で、小さく、口のあたりの細長く突き出た貝の蓋である。武蔵の国の金沢という浦にあったのを、その土地の者は「へなたりと申します」と言った。
【第百十九段】
鎌倉の海で鰹という魚は、あの地方では第一のものとして、最近もてはやされるものである。それも、鎌倉の年寄りが申しましたことには、「この魚は、私どもが若かったころまでは、身分のある人の前には出されることはありませんでした。頭は下部の者も食べず、切り捨てていたものです」と申した。このような物も、世も末になると、上流の人々の間にまで入り込んでくるものである。
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兼好は、若いころ、少なくとも二度、関東に下ったとされる。その滞在先の一つが、武蔵の国の金沢、今の横浜市金沢区であった。金沢には、北条氏の一族である金沢北条氏が開いた称名寺があり、隣接する金沢文庫には、和漢の貴重な書物が集められていた。兼好は、ここで学問に触れ、また知人を頼って滞在したと考えられている。
称名寺には、兼好の自筆とされる書状も伝わっている。金沢の浦は、入り江と島々の景色が美しく、のちに「金沢八景」として歌川広重にも描かれた景勝地である。
都の人である兼好にとって、東国の風物は珍しいものであった。貝の名をその土地の言葉で聞き留め、鰹が出世していく様子を面白がる。そうした好奇心と観察眼が、『徒然草』のあちこちに光っている。