第111話近世小説抄訳・要確認
巻六〜巻七(京の遊里・島原)
『好色一代男』の主人公、世之介は、但馬の銀山で財をなした町人と、京の名高い遊女との間に生まれた。七歳で恋を知り、それから六十歳になるまで、五十四年の間に、戯れた女は三千七百四十二人、男は七百二十五人と、帳面に記したという、たいへんな色好みである。
若いころは、親に勘当されて諸国を放浪し、さまざまな女性との恋を重ねた。三十四歳のとき、父が亡くなり、母から莫大な遺産、二万五千貫目を受け継いだ世之介は、「今こそ思う存分、遊ぶときだ」と、三都(京・大坂・江戸)の遊里で、贅を尽くした遊びを始めた。
京の島原は、寛永十八年(一六四一年)、六条三筋町から移された、日本で最も格式の高い遊里である。出入り口の大門が一つだけで、周囲を堀と塀で囲まれた様子が、島原の乱の原城に似ていたことから、「島原」と呼ばれるようになったという。
島原には、太夫と呼ばれる最高位の遊女がいた。太夫は、容姿の美しさだけでなく、和歌、書道、茶道、香道、琴や三味線などの教養を身につけ、公家や大名、豪商を相手にする、当代一流の文化人でもあった。
世之介は、島原の太夫の中でも、とりわけ名高い吉野太夫(二代目)の逸話を語る。吉野は、器量も心ばえも優れた太夫で、ある鍛冶屋の弟子が、吉野を一目見ようと、何年もかけて小金をためて島原にやって来た。吉野は、身分の低いその男を哀れに思い、心をこめてもてなしたという。のちに吉野は、豪商の灰屋紹益に身請けされて、その妻となった。
井原西鶴は、この作品で、遊里の風俗と、そこに生きる人々の心の機微を、生き生きと描き出した。「浮世草子」と呼ばれる新しい小説のジャンルは、ここから始まった。