第137話芸能・浄瑠璃抄訳
七段目「祇園一力茶屋の段」
判官の死後、大星由良助は、京の祇園にある一力茶屋で、遊女たちを相手に、連日連夜、酒と遊びに明け暮れていた。「由良助は、仇討ちのことなどすっかり忘れて、腑抜けになってしまった」という噂は、敵である高師直の耳にも入っていた。
実はこれは、師直方の油断を誘うための、由良助の計略であった。
ある夜、由良助のもとに、判官の奥方、顔世御前から、師直の動きを知らせる密書が届いた。由良助は、人目のない縁側に出て、釣り灯籠の明かりを頼りに、その長い手紙を読み始めた。
ところが、その様子を、二階の座敷から、遊女のおかるが、手鏡に映して盗み見ていた。そして、縁の下では、師直方に寝返った元家老の斧九太夫が、垂れ下がった手紙の端を、こっそりと読んでいた。
おかるのかんざしが落ちる音に、由良助ははっと気づいた。手紙を読まれたと知った由良助は、おかるを口封じのために殺そうと考え、「身請けしてやろう」と、甘い言葉で誘った。
おかるは喜んだが、そこへ、おかるの兄で、足軽の寺岡平右衛門が現れた。平右衛門は、由良助の真意を見抜き、「どうせ殺されるなら、この兄の手にかかれ」と、妹に刀を向けた。おかるの夫、早野勘平は、すでに死んでいた。そのことを知ったおかるは、「それなら、いっそ兄さんの手で」と覚悟を決めた。
そこへ、由良助が現れて、二人を止めた。「兄妹の心底、見届けた」。由良助は、おかるの手に刀を握らせて、縁の下に潜んでいた九太夫を刺し貫かせた。こうして、おかるは夫の仇を討ち、平右衛門は、仇討ちの一味に加えられた。
祇園の一力亭は、今も祇園花見小路の角に、紅殻格子の店構えを残している。毎年三月二十日、大石の命日には、「大石忌」が営まれている。