第167話暮らし・民俗抄訳・要確認

諸国温泉功能鑑

別府(『豊後国風土記』速見郡)

舞台 別府(大分県)
成立 江戸後期(19世紀前半) 作者 作者未詳(温泉番付)

現代語訳

番付の前頭の段には、豊後(大分県)の湯も名を連ねている。豊後の湯のことは、奈良時代にまとめられた『豊後国風土記』に、すでに記されている。速見郡(今の別府市のあたり)の記事には、次のような湯が見える。

赤湯泉。この湯の穴は、郡の西北の竈門山にある。その周りは十五丈(約四十五メートル)あまりある。湯の色は赤く、泥が混じっている。この泥を使って、家の柱を塗ることができる。泥が流れて外に出ると、色が変わって清らかな水となり、東の方へと流れていく。それで、この湯を「赤湯泉」という。

玖倍理湯の井。この湯の井は、郡の西の河直山の東の岸にある。人が井のそばで大きな声を出すと、湯は驚き鳴って、二丈(約六メートル)ほども湧き上がる。その湯気は熱くて、近づくことができない。周りの草木は、みな枯れてしまっている。それで「慍湯の井(いかりゆのい)」という。土地の人は、これを「玖倍理湯の井」と呼んでいる。

赤い泥の湯や、声に驚いて噴き上がる湯は、今の別府の「地獄」を思わせる。千三百年前の人々も、別府の湯の不思議な姿に目を見張っていたのである。

地点メモ:『豊後国風土記』に「赤湯泉」の名で記された湯。番付では前頭に豊後の湯が並ぶ(版により異なる)。
※この話は細部に記憶違いを含むおそれがあります。引用・公開の際は原典と照合してください。
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