第175話説話抄訳・要確認
「ろくろ首」(Rokuro-Kubi)
五百年ほど前、九州の菊池家に、磯貝平太左衛門武連という武士が仕えていた。武芸にすぐれ、豪胆な侍であったが、主家が滅んだのち、世を捨てて出家し、回竜と名乗って諸国を行脚した。
回竜が甲斐の国の山中を旅していたとき、日が暮れて、人里遠い山道で野宿をすることにした。すると、斧を背負ったきこりが通りかかり、「このあたりは化け物が出る。私の家にお泊まりなさい」と、山奥の一軒家へ案内した。家には男女四人の家族がいて、回竜を手厚くもてなした。主人は、もとは身分のある侍だったが、自らの放蕩で家を滅ぼした罪を悔いて、山に隠れ住んでいるのだと語った。
夜更け、回竜が読経を終えて水を飲もうと部屋を出ると、行灯の明かりの中で、家族五人が横たわっている。ところが、どの体にも首がなかった。回竜は、これはろくろ首の家だと悟った。書物には、首の抜けた体を別の場所へ移せば、首は二度と体に戻れず、首は床を三度打って死ぬと書いてある。回竜は主人の体を戸口から外へ放り出した。
裏へ回ってみると、林の中で五つの首が飛び回りながら、虫を捕って食べ、話をしている。主人の首が言った。「今夜の坊主は、よく肥えている。あれを食えば腹がいっぱいになろう。だが、経を読んでいるうちは手が出せぬ。ようすを見てこい」。様子を見に行った女の首が、「坊主はいない。主人の体もない」と叫んだ。主人の首は怒り狂って、回竜に飛びかかってきた。
回竜は若木を引き抜いて、首どもを打ち払った。四つの首は逃げ去ったが、主人の首だけは、何度打たれても回竜の衣の袖に食らいついて離れない。やがて夜が明けると、首どもは体に戻れずにいたが、主人の首は袖に噛みついたまま息絶えていた。
回竜はその首を袖にぶら下げたまま旅を続け、信濃の諏訪で役人に捕らえられた。しかし、取り調べの場で首の後ろに赤い文字のような印があることが示され、ろくろ首であると認められて放免された。のちに、回竜の衣を奪おうとした追いはぎが、首ごと衣を買い取ったが、その男はやがて甲斐の山中へ首を返しに行き、塚を築いて弔ったという。
原話は江戸時代の怪談集『怪物輿論』所収の「轆轤首悕念却報福話」とされる。山梨県の山中に、この話の舞台が置かれている。