そもそも、言い古されたことではあるが、松島は日本第一の美しい景色であって、中国の洞庭湖や西湖にも劣らない。東南の方から海を入れて、入り江の中は三里ほど、浙江の潮のように満ちている。
島々の数を尽くして、そびえ立つものは天を指さし、伏すものは波にはらばう。あるものは二重に重なり、三重に畳まれて、左に分かれ右に連なる。小さな島を背負ったもの、抱いたものがあって、子や孫を愛するようである。松の緑は濃く、枝葉は潮風に吹きたわめられて、その曲がった形は自然に整えたようである。
その景色は、うっとりと心を奪われるようで、美人が顔を化粧したようだ。神代の昔、大山祇の神がなさった仕業であろうか。造化の神の天工を、誰が絵筆に描き、言葉に尽くすことができようか。
雄島が磯は、陸続きで海に突き出た島である。雲居禅師の禅堂の跡や、座禅石などがある。また、松の木陰に俗世を捨てた人の姿もまれに見えて、落ち穂や松かさなどを燃やす煙の立つ草庵に、ひっそりと住んでいる。どのような人かは分からないが、まず懐かしく思われて立ち寄るうちに、月が海に映って、昼の眺めとはまた違った趣になる。
入り江の近くに戻って宿をとると、二階建ての窓を開けて、風と雲の中に旅寝をするような、この上なく不思議な心地がする。
「松島や鶴に身を借れほととぎす」曾良(松島の壮大な景色には、ほととぎすよ、その姿では似合わないから、鶴の身を借りて飛んでくれ)
私は、句を詠もうとしても詠めず、眠ろうとしても眠れない。
旅立ちのときから「松島の月まづ心にかかりて」と心待ちにしていた松島で、芭蕉はあまりの絶景に、ついに句を記さなかった。「松島やああ松島や松島や」という句は、後世の人が作ったものである。