二 雪の形

北越雪譜 原文
原文現代語訳

凡(およそ)物を視(み)るに眼力(がんりき)の限(かぎ)りありて其外(そのほか)を視るべからず。されば人の肉眼(にくがん)を以雪をみれば一片(ひとひら)の鵞毛(がまう)のごとくなれども、数(す)十百片(へん)の雪花(ゆき)を併合(よせあはせ)て一片(へん)の鵞毛を為(なす)也。是を験微鏡(むしめがね)に照(てら)し視(み)れば、天造(てんざう)の細工したる雪の形状(かたち)奇々(きゝ)妙々なる事下に図(づ)するが如(ごと)し。其形(そのかたち)の斉(ひとし)からざるは、かの冷際(れいさい)に於て雪となる時冷際の気運(きうん)ひとしからざるゆゑ、雪の形(かたち)気(き)に応(おう)じて同(おな)じからざる也。しかれども肉眼(にくがん)のおよばざる至微物(こまかきもの)ゆゑ、昨日(きのふ)の雪(ゆき)も今日(けふ)の雪も一望(ばう)の白糢糊(はくもこ)を為(なす)のみ。下の図(づ)は天保三年許鹿君(きよろくくん)の高撰雪花図説(かうせんせつくわづせつ)に在(あ)る所(ところ)、雪花(せつくわ)五十五品(ひん)の内を謄写(すきうつし)にす。雪(ゆき)六出(りくしゆつ)を為(なす)。 御説(せつ)に曰(いはく)「凡(およそ)物(もの)方体(はうたい)は(四角なるをいふ)必(かならず)八を以て一を囲(かこ)み円体(ゑんたい)は(丸をいふ)六を以て一を囲(かこ)む定理(ぢやうり)中の定数(ぢやうすう)誣(しふ)べからず」云々。雪を六(むつ)の花(はな)といふ事 御説(せつ)を以しるべし。愚(ぐ)按(あんずる)に円(まろき)は天の正象(しやう)、方(かく)は地の実位(じつゐ)也。天地の気中に活動(はたらき)する万物悉(こと〴〵)く方円(はうゑん)の形(かたち)を失(うしな)はず、その一を以いふべし、人の体(からだ)方(かく)にして方(かく)ならず、円(まろ)くして円からず。是天地方円(はうゑん)の間(あひだ)に生育(そだつ)ゆゑに、天地の象(かたち)をはなれざる事子の親に似(に)るに相同じ。雪の六出(りくしゆつ)する所以(ゆゑん)は、物(もの)の員(かず)長数(ちやうすう)は陰(いん)半数(はんすう)は陽(やう)也。人の体(からだ)男は陽(やう)なるゆゑ九出(きうしゆつ)し(●頭●両耳●鼻●両手●両足●男根)女は十出(しゆつ)す。(男根なく両乳あり)九は半(はん)の陽(やう)十は長の陰(いん)也。しかれども陰陽和合して人を為(なす)ゆゑ、男に無用の両乳(りやうちゝ)ありて女の陰にかたどり、女に不要(ふよう)の陰舌(いんぜつ)ありて男にかたどる。気中に活動(はたらく)万物(ばんぶつ)此理(り)に漏(もる)る事なし。雪は活物(いきたるもの)にあらざれども変(へん)ずる所(ところ)に活動(はたらき)の気あるゆゑに、六出(りくしゆつ)したる形(かたち)の陰中(いんちゆう)或は陽(やう)に象(かたど)る円形(まろきかたち)を具(ぐ)したるもあり。水は極陰(ごくいん)の物なれども一滴(ひとしづく)おとす時はかならず円形(ゑんけい)をなす。落(おつ)るところに活(はたら)く萌(きざし)あるゆゑに陰にして陽の円(まろき)をうしなはざる也。天地気中の機関(からくり)定理定格(ぢやうりぢやうかく)ある事奇々(きゝ)妙々(めう〳〵)愚筆(ぐひつ)に尽(つく)しがたし。

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