六 初雪

北越雪譜 原文
原文現代語訳

暖国(だんこく)の人の雪を賞翫(しやうくわん)するは前にいへるがごとし。江戸には雪の降(ふら)ざる年もあれば、初雪はことさらに美賞(びしやう)し、雪見の船(ふね)に哥妓(かぎ)を携(たづさ)へ、雪の茶(ちや)の湯(ゆ)に賓客(ひんかく)を招(まね)き、青楼(せいろう)は雪を居続(ゐつゞけ)の媒(なかだち)となし、酒亭(しゆてい)は雪を来客(らいかく)の嘉瑞(かずゐ)となす。雪の為(ため)に種々(しゆ〴〵)の遊楽(いうらく)をなす事枚挙(あげてかぞへ)がたし。雪を賞(しやう)するの甚(はなはだ)しきは繁花(はんくわ)のしからしむる所也。雪国の人これを見、これを聞(きゝ)て羨(うらやま)ざるはなし。我国の初雪を以てこれに比(くらぶ)れば、楽(たのしむ)と苦(くるしむ)と雲泥(うんでい)のちがひ也。そも〳〵越後国は北方の陰地(いんち)なれども一国(いつこく)の内陰陽(いんやう)を前後(ぜんご)す。いかんとなれば天は西北にたらず、ゆゑに西北を陰(いん)とし、地は東南に足(たら)ず、ゆゑに東南を陽(やう)とす。越後の地勢は、西北は大海に対(たい)して陽気也。東南は高山(かうざん)連(つらな)りて陰気也。ゆゑに西北の郡村(ぐんそん)は雪浅(あさ)く、東南の諸邑(しよいふ)は雪深(ふか)し。是阴阳(いんやう)の前後(ぜんご)したるに似(に)たり。我住(わがすむ)魚沼郡(うをぬまこほり)は東南の阴(いん)地にして○巻機山(まきはたやま)○苗場山(なへばやま)○八海山(はつかいさん)○牛(うし)が嶽(たけ)○金城山(きんじやうさん)○駒(こま)が嶽(たけ)○兎(うさぎ)が嶽(たけ)○浅艸山(あさくさやま)等(とう)の高山(かうざん)其余(そのよ)他国(たこく)に聞(きこ)えざる山々波濤(はたう)のごとく東南に連(つらな)り、大小の河々(かは〴〵)も縦横(たてよこ)をなし、陰気(いんき)充満(じゆうまん)して雲深(ふか)き山間(やまあひ)の村落(そんらく)なれば雪の深(ふかき)をしるべし。(冬は日南の方を周(めぐる)ゆゑ北国はます〳〵寒し、家の内といへども北は寒く南はあたゝかなると同じ道理也)我国初雪(はつゆき)を視(み)る事遅(おそき)と速(はやき)とは、其年(そのとし)の気運(きうん)寒暖(かんだん)につれて均(ひとし)からずといへども、およそ初雪は九月の末(すゑ)十月の首(はじめ)にあり。我国の雪は鵞毛(がまう)をなさず、降時(ふるとき)はかならず粉砕(こまかき)をなす、風又これを助(たす)く。故(ゆゑ)に一昼夜(ちうや)に積所(つもるところ)六七尺より一丈に至(いた)る時もあり、往古(むかし)より今年(ことし)にいたるまで此雪此国に降(ふら)ざる事なし。されば暖国(だんこく)の人のごとく初雪を観(み)て吟詠(ぎんえい)遊興(いうきよう)のたのしみは夢(ゆめ)にもしらず、今年(ことし)も又此雪中(ゆきのなか)に在(あ)る事かと雪を悲(かなしむ)は辺郷(へんきやう)の寒国(かんこく)に生(うまれ)たる不幸といふべし。雪を観(み)て楽(たのし)む人の繁花(はんくわ)の暖地(だんち)に生(うまれ)たる天幸を羨(うらやま)ざらんや。

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