九 雪を掃ふ

北越雪譜 原文
原文現代語訳

雪を掃(はら)ふは落花(らくくわ)をはらふに対(つゐ)して風雅(ふうが)の一ツとし、和漢(わかん)の吟咏(ぎんえい)あまた見えたれども、かゝる大雪をはらふは風雅(ふうが)の状(すがた)にあらず。初雪(はつゆき)の積(つも)りたるをそのまゝにおけば、再(ふたゝ)び下(ふ)る雪を添へて一丈にあまる事もあれば、一度(ど)降(ふれ)ば一度掃(はら)ふ(雪浅ければのちふるをまつ)是(これ)を里言(さとことば)に雪掘(ゆきほり)といふ。土(つち)を掘(ほる)がごとくするゆゑに斯(かく)いふ也。掘(ほら)ざれば家の用路(ろ)を塞(ふさ)ぎ人家(じんか)を埋(うづめ)て人の出(いづ)べき処(ところ)もなく、力強(ちからつよき)家も幾万斤(いくまんきん)の雪の重量(おもさ)に推砕(おしくだかれ)んをおそるゝゆゑ、家として雪を掘(ほら)ざるはなし。掘(ほ)るには木にて作(つく)りたる鋤(すき)を用(もち)ふ、里言(りげん)にこすきといふ、則(すなはち)木鋤(こすき)也。椈(ぶな)といふ木をもつて作る、木質(きのしやう)軽強(ねばく)して折(をる)る事なく且(かつ)軽(かろ)し、形(かたち)は鋤に似(に)て刃(は)広(ひろ)し。雪中第(だい)一の用具(ようぐ)なれば、山中の人これを作りて里(さと)に売(うる)、家毎(いへごと)に貯(たくはへ)ざるはなし。雪を掘(ほ)る状態(ありさま)は図(づ)にあらはしたるが如(ごと)し。掘たる雪は空地(あきち)の、人に妨(さまたげ)なき処(ところ)へ山のごとく積(つみ)上る、これを里言(りげん)に掘揚(ほりあげ)といふ。大家は家夫(わかいもの)を尽(つく)して力(ちから)たらざれば掘夫(ほりて)を傭(やと)ひ、幾(いく)十人の力を併(あはせ)て一時に掘尽(ほりつく)す。事(こと)を急(きふ)に為(な)すは掘(ほ)る内にも大雪下(くだ)れば立地(たちどころ)に堆(うづたか)く人力におよばざるゆゑ也。(掘(ほ)る処図(づ)には人数(にんず)を略してゑがけり)右は大家(たいか)の事をいふ、小家の貧(まづ)しきは掘夫(ほりて)をやとふべきも費(つひえ)あれば男女をいはず一家雪をほる。吾里にかぎらず雪ふかき処は皆(みな)然(しか)なり。此雪いくばくの力(ちから)をつひやし、いくばくの銭を費(つひや)し、終日(しゆうじつ)ほりたる跡(あと)へその夜大雪降(ふ)り夜(よ)明(あけ)て見れば元(もと)のごとし。かゝる時は主人(あるじ)はさら也、下人(しもべ)も頭(かしら)を低(たれ)て歎息(ためいき)をつくのみ也。大抵(たいてい)雪ふるごとに掘(ほる)ゆゑに、里言(りげん)に一番掘(ばんぼり)二番掘といふ。

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