十二 雪蟄

北越雪譜 原文
原文現代語訳

凡(およそ)雪九月末より降(ふり)はじめて雪中に春を迎(むかへ)、正二の月は雪尚(なほ)深(ふか)し。三四の月に至(いた)りて次第に解(とけ)、五月にいたりて雪全く消(きえ)て夏道(なつみち)となる。(年の寒暖によりて遅速あり)四五月にいたれば春の花ども一時(じ)にひらく。されば雪中に在(あ)る事凡(およそ)八ヶ月、一年の間(あひだ)雪を看(み)ざる事僅(わづか)に四ヶ月なれども、全く雪中に蟄(こも)るは半年也。こゝを以て家居(いへゐ)の造(つく)りはさら也、万事(よろづのこと)雪を禦(ふせ)ぐを専(もつはら)とし、財(ざい)を費(つひやし)力(ちから)を尽(つく)す事紙筆(しひつ)に記(しる)しがたし。農家(のうか)はことさら夏の初より秋の末までに五穀(こく)をも収(をさむ)るゆゑ、雪中に稲(いね)を刈(かる)事あり。其(その)忙(せはし)き事の千辛(しん)万苦(く)、暖国の農業(のうげふ)に比(ひ)すれば百倍(ばい)也。さればとて雪国に生(うまる)る者(もの)は幼稚(をさなき)より雪中に成長するゆゑ、蓼中(たでのなか)の虫(むし)辛(からき)をしらざるがごとく雪を雪ともおもはざるは、暖地(だんち)の安居(あんきよ)を味(あぢはへ)ざるゆゑ也。女はさら也、男も十人に七人は是(これ)也。しかれども住(すめ)ば都(みやこ)とて、繁花(はんくわ)の江戸に奉公する事年(とし)ありて後(のち)雪国の故郷(ふるさと)に皈(かへ)る者、これも又十人にして七人也。胡場(こば)北風(ほくふう)に嘶(いなゝ)き、越鳥(ゑつてう)南枝(なんし)に巣(す)くふ、故郷(こきやう)の忘(わすれ)がたきは世界の人情(にんじやう)也。さて雪中は廊下(らうか)に(江戸にいふ店(たな)下)雪垂(ゆきだれ)を(かやにてあみたるすだれをいふ)下(くだ)し、(雪吹(ふゞき)をふせぐため也)窗(まど)も又これを用ふ。雪ふらざる時は巻(まい)て明(あかり)をとる。雪下(ゆきふる)事盛(さかん)なる時(とき)は、積(つも)る雪家を埋(うづめ)て雪と屋上(やね)と均(ひとし)く平(たひら)になり、明(あかり)のとるべき処なく、昼(ひる)も暗夜(あんや)のごとく燈火(ともしび)を照(てら)して家の内は夜昼(よるひる)をわかたず。漸(やうやく)雪の止(やみ)たる時、雪を掘(ほり)て僅(わづか)に小窗(まど)をひらき明(あかり)をひく時は、光明(くわうみやう)赫奕(かくやく)たる仏の国に生たるこゝち也。此外雪籠(こも)りの艱難(かんなん)さま〴〵あれど、くだ〳〵しければしるさず。鳥獣(とりけだもの)は雪中(せつちゆう)食(しよく)无(なき)をしりて雪浅(あさ)き国へ去(さ)るもあれど一定(ぢやう)ならず。雪中に籠(こも)り居(ゐ)て朝夕をなすものは人と熊と也。

現代語訳で読む →
← 前の項十一 雪道