十六 白熊

北越雪譜 原文
原文現代語訳

熊の黒(くろき)は雪の白がごとく天然(てんねん)の常なれども、天公(てんこう)機(き)を転(てん)じて白熊(はくいう)を出せり。

○天保三年辰の春、我(わ)が住(すむ)魚沼郡(うおぬまこほり)の内(うち)浦佐(うらさ)宿の在(ざい)大倉村の樵夫(きこり)八海山に入りし時、いかにしてか白き児熊(こくま)を虜(いけど)り、世に珍(めづらし)とて飼(かひ)おきしに香具師(かうぐし)(江戸にいふ見世もの師の古風なるもの)これを買もとめ、市場又は祭礼すべて人の群(あつま)る所へいでゝ看物(みせもの)にせしが、ある所にて余(よ)も見つるに大さ狗(いぬ)のごとく状(かたち)は全く熊にして、白毛雪を欺(あざむ)きしかも光沢(つや)ありて天鵞織(びらうど)のごとく眼(め)と爪(つめ)は紅(くれなゐ)也。よく人に馴(なれ)てはなはだ愛(あいす)べきもの也。こゝかしこに持あるきしがその終(をはり)をしらず。白亀の改元(かいげん)、白鳥(しらとり)の神瑞(しんずゐ)、八幡の鳩(はと)、源家の旗(はた)、すべて白きは 皇国(みくに)の祥象(しやうせう)なれば、天機(てんき)白熊(はくいう)をいだししも 昇平万歳(しようへいばんぜい)の吉瑞(ずゐ)成べし。

山家の人の話(はなし)に熊を殺(ころす)こと二三疋、或(ある)ひは年(とし)歴(へ)たる熊一疋を殺も、其山かならず荒(ある)る事あり、山家(さんか)の人これを熊荒(あれ)といふ。このゆゑに山村(さんそん)の農夫(のうふ)は需(もとめ)て熊を捕(とる)事なしといへり。熊に灵(れい)ありし事古書(こしよ)にも見えたり。

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