唐土蜀の峨眉山には夏も積雪あり。其雪の中に雪蛆といふ虫ある事山海経に見えたり。(唐土の書)此節空からず、越後の雪中にも雪蛆あり、此虫早春の頃より雪中に生じ雪消終ば虫も消終る、始終の死生を雪と同うす。字書を按に、蛆は腐中の蠅とあれば所謂蛆蠅也。䖧は蠆の類、人を螫とあれば蜂の類也、雪中の虫は蛆の字に从ふべし、しかれば雪蛆は雪中の蛆蠅也。木火土金水の五行中皆虫を生ず、木の虫土の虫水の虫は常に見る所めづらしからず。蠅は灰より生ず、灰は火の燼末也、しかれば蠅は火の虫也。蠅を殺して形あるもの灰中におけば蘇也。又虱は人の熱より生ず、熱は火也、火より生たる虫ゆゑに蠅も虱も共に暖なるをこのむ。金中の虫は肉眼におよばざる冥塵のごとき虫ゆゑに人これをしらず。およそ銅銕の腐はじめは虫を生ず、虫の生じたる所色を変ず。しば〳〵これを拭ば虫をころすゆゑ其所腐ず。錆は腐の始、錆の中かならず虫あり、肉眼におよばざるゆゑ人しらざる也。(蘭人の説也)金中猶虫あり、雪中虫無んや。しかれども常をなさゞれば奇とし妙として唐土の書にも記せり。我越後の雪蛆はちひさき事蚊の如し。此虫は二種あり、一ツは翼ありて飛行、一ツははねあれども蔵て蚑行。共に足六ツあり、色は蠅に似て淡く(一は黒し)其居る所は市中原野蚊におなじ。しかれども人を螫むしにはあらず、顕微鏡にて視たる所をこゝに図して物産家の説を俟つ。
十八 雪中の虫
北越雪譜 原文
原文現代語訳