十八 雪中の虫

北越雪譜 原文
原文現代語訳

唐土(もろこし)蜀(しよく)の峨眉山(がびさん)には夏も積雪(つもりたるゆき)あり。其雪の中(なか)に雪蛆(せつじよ)といふ虫ある事山海経(さんがいきやう)に見えたり。(唐土(もろこし)の書)此節(せつ)空(むなし)からず、越後の雪中にも雪蛆(せつじよ)あり、此虫早春の頃より雪中に生(しやう)じ雪消終(きえをはれ)ば虫も消終(きえをは)る、始終(ししゆう)の死生(しせい)を雪と同(おなじ)うす。字書(じしよ)を按(あんずる)に、蛆(じよ)は腐中(ふちゆう)の蠅(はへ)とあれば所謂(いはゆる)蛆蠅(うじばへ)也。䖧(だつ)は蠆(たい)の類(るゐ)、人を螫(さす)とあれば蜂(はち)の類(るゐ)也、雪中の虫(むし)は蛆(じよ)の字(じ)に从(したが)ふべし、しかれば雪蛆(せつじよ)は雪中の蛆蠅(うじばへ)也。木火土金水(もくくわどごんすゐ)の五行中皆虫を生(しやう)ず、木の虫土の虫水の虫は常(つね)に見る所めづらしからず。蠅(はへ)は灰(はひ)より生(しやう)ず、灰は火の燼末(もえたこな)也、しかれば蠅は火の虫也。蠅(はへ)を殺(ころ)して形(かたち)あるもの灰中(はひのなか)におけば蘇(よみがへる)也。又虱(しらみ)は人の熱(ねつ)より生(しやう)ず、熱(ねつ)は火也、火より生たる虫ゆゑに蠅(はへ)も虱(しらみ)も共(とも)に暖(あたゝか)なるをこのむ。金中(かねのなか)の虫は肉眼(ひとのめ)におよばざる冥塵(ほこり)のごとき虫ゆゑに人これをしらず。およそ銅銕(どうてつ)の腐(くさる)はじめは虫を生(しやう)ず、虫の生じたる所(ところ)色(いろ)を変(へん)ず。しば〳〵これを拭(ぬぐへ)ば虫をころすゆゑ其所(そのところ)腐(くさら)ず。錆(さびる)は腐(くさる)の始(はじめ)、錆(さび)の中かならず虫あり、肉眼(にくがん)におよばざるゆゑ人しらざる也。(蘭人の説也)金中猶(なほ)虫(むし)あり、雪中虫無(なから)んや。しかれども常をなさゞれば奇(き)とし妙(めう)として唐土(もろこし)の書(しよ)にも記(しる)せり。我越後の雪蛆(せつじよ)はちひさき事蚊(か)の如(ごと)し。此虫は二種(しゆ)あり、一ツは翼(はね)ありて飛行(とびあるき)、一ツははねあれども蔵(おさめ)て蚑行(はひありく)。共に足六ツあり、色は蠅(はへ)に似(に)て淡(うす)く(一は黒し)其居(を)る所は市中原野(しちゆうげんや)蚊(か)におなじ。しかれども人を螫(さす)むしにはあらず、顕微鏡(むしめがね)にて視(み)たる所をこゝに図(づ)して物産家(ぶつさんか)の説(せつ)を俟(ま)つ。

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