二十二 雪頽

北越雪譜 原文
原文現代語訳

山より雪の崩頽(くづれおつる)を里言(さとことば)になだれといふ、又なでともいふ。按(あんずる)になだれは撫下(なでおり)る也、るをれといふは活用(はたらかする)ことばなり、山にもいふ也。こゝには雪頽(ゆきくづる)の字(じ)を借(かり)て用(もち)ふ。字書(じしよ)に頽(たい)は暴風(ばうふう)ともあればよく叶(かな)へるにや。さて雪頽(なだれ)は雪吹(ふゞき)に双(ならべ)て雪国の難義(なんぎ)とす。高山(たかやま)の雪は里よりも深(ふか)く、凍(こほ)るも又里よりは甚(はなはだ)し。我国東南の山々里(さと)にちかきも雪一丈四五尺なるは浅(あさ)しとす。此雪こほりて岩のごとくなるもの、二月のころにいたれば陽気(やうき)地中より蒸(むし)て解(とけ)んとする時地気と天気との為(ため)に破(われ)て響(ひゞき)をなす。一片(へん)破(われ)て片々(へん〳〵)破る、其ひゞき大木を折(をる)がごとし。これ雪頽(なだれ)んとするの萌(きざし)也。山の地勢(ちせい)と日の照(てら)すとによりてなだるゝ処(ところ)となだれざる処あり、なだるゝはかならず二月にあり。里人(さとひと)はその時をしり、処をしり、萌(きざし)を知(し)るゆゑに、なだれのために撃死(うたれし)するもの稀(まれ)也。しかれども天の気候(きこう)不意(ふい)にして一定(ぢやう)ならざれば、雪頽(なだれ)の下に身を粉(こ)に砕(くだく)もあり。雪頽(なだれ)の形勢(ありさま)いかんとなれば、なだれんとする雪の凍(こほり)、その大なるは十間以上小なるも九尺五尺にあまる、大小数百千悉(こと〴〵)く方(しかく)をなして削(けず)りたてたるごとく(かならず方(かく)をなす事下に弁(べん)ず)なるもの幾千丈の山の上より一度(ど)に崩頽(くづれおつ)る、その響(ひゞき)百千の雷(いかづち)をなし大木を折(をり)大石を倒(たふ)す。此時はかならず暴風(はやて)力をそへて粉に砕(くだき)たる沙礫(こじやり)のごとき雪を飛(とば)せ、白日も暗夜(あんや)の如くその慄(おそろ)しき事筆帋(ひつし)に尽(つく)しがたし。此雪頽(なだれ)に命(いのち)を捨(おと)しし人、命を拾(ひろひ)し人、我が見聞(みきゝ)したるを次(つぎ)の巻(まき)に記(しる)して暖国(だんこく)の人の話柄(はなしのたね)とす。

或人(あるひと)問(とふて)曰(いはく)、雪の形(かたち)六出(むつかど)なるは前(まえ)に弁(べん)ありて詳(つまびらか)也。雪頽(なだれ)は雪の塊(かたまり)ならん、砕(くだけ)たる形(かたち)雪の六出(むつかど)なる本形(ほんけい)をうしなひて方形(かどだつ)はいかん。答(こたへ)て曰(いはく)、地気天に変格(へんかく)して雪となるゆゑ天の円(まるき)と地の方(かく)なるとを併合(あはせ)て六出(むつかど)をなす。六出(りくしゆつ)は円形(まろきかたち)の裏(うら)也。雪天陽(てんやう)を離(はなれ)て降下(ふりくだ)り地に皈(かへれ)ば天陽(やう)の円(まろ)き象(かたどり)うせて地陰(いん)の方(かく)なる本形(ほんけい)に象(かたど)る、ゆゑに雪頽(なだれ)は千も万も圭角(かどだつ)也。このなだれ解(とけ)るはじめは角々(かど〳〵)円(まろ)くなる、これ陽火(やうくわ)の日にてらさるゝゆゑ天の円(まろき)による也。陰中(いんちゆう)に陽(やう)を包(つゝ)み、陽中(やうちゆう)に陰(いん)を抱(いだく)は天地定理中(ぢやうりちゆう)の定格(ぢやうかく)也。老子経(らうしきやう)第四十二章(しやう)に曰(いはく)、万物(ばんぶつ)負陰而(いんをおびて)抱陽(やうをいだく)沖気以(ちゆうきもつて)為和(くわをなす)といへり。此理(り)を以てする時はお内義(ないぎ)さまいつもお内義さまでは陰中(いんちゆう)に陽を抱(いだか)ずして天理(てんり)に叶(かなは)ず、をり〳〵は夫(をつと)に代(かは)りて理屈(りくつ)をいはざれば家内(かない)治(おさまら)ず、さればとて理屈(りくつ)に過(すぎ)牝鳥(めんどり)旦(とき)をつくれば、これも又家内の陰陽(いんやう)前後(ぜんご)して天理(てんり)に違(たが)ふゆゑ家の亡(ほろぶ)るもと也。万物(ばんぶつ)の天理誣(しふ)べからざる事かくのごとしといひければ、問客(とひしひと)唯々(いゝ)として去(さ)りぬ。雪頽(なだれ)悉(こと〴〵)く方形(かどだつ)のみにもあらざれども十にして七八は方形をうしなはず、故(ゆゑ)に此説(せつ)を下(くだ)せり。雪頽の図(づ)多く方形に从(したが)ふものは、其七八をとりて模様(もやう)を為(なす)すのみ。

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