二十三 雪頽人に災す

北越雪譜 原文
原文現代語訳

我(わが)住(すむ)魚沼郡(うをぬまこほり)の内にて雪頽(なだれ)の為(ため)に非命(ひめい)の死(し)をなしたる事、其村の人のはなしをこゝに記(しる)す。しかれども人の不祥(ふしやう)なれば人名(じんめい)を詳(つまびらか)にせず。

○こゝに何村(なにむら)といふ所に家内の上下十人あまりの農人(のうにん)あり、主人(あるじ)は五十歳ばかり妻(つま)は四十にたらず、世息(せがれ)は二十(はたち)あまり娘は十八と十五也。いづれも孝子(かうし)の聞(きこえ)ありけり。一年(ひとゝせ)二月のはじめ主人(あるじ)は朝より用ある所へ出行(いでゆき)しが、其日も已(すで)に申(さる)の頃なれど皈(かへ)りきたらず。さのみ間(ひま)をとるべき用にもあらざりければ、家内不審(ふしん)におもひ忰(せがれ)家僕(かぼく)をつれて其家にいたり父(ちゝ)が事をたづねしに、こゝへはきたらずといふ。しからばこゝならんかしこならんなど家僕(かぼく)とはかりて尋求(たづねもとめ)しかど更(さら)に音問(おとづれ)をきかず、日もはや暮(くれ)なんとすれば空(むな)しく家に皈(かへ)りしか〳〵のよし母に語(かた)りければ、こは心得(こゝろえ)ぬ事也とて心あたりの処こゝかしこへ人を走(はし)らせて尋(たづね)させけるにその在家(ありか)さらにしれず。其夜四更(しかう)の頃(ころ)にいたれども主人(あるじ)は皈(かへ)らず。此事近隣(きんりん)に聞(きこ)えて人々集(あつま)り種々(さま〴〵)に評議(ひやうぎ)して居(ゐ)たるをりしも一老夫(いちらうふ)来(きた)りていふやう、あるじの見え給はぬとや、我(われ)心(こゝろ)あたりの事あるゆゑしらせ申さんとて来(きた)れりといふ。すはこゝろあたりときゝて主人(あるじ)の妻(つま)大によろこび、子どもらもとも〴〵に言葉(ことば)をそろへてまづ礼をのべ、その仔細(しさい)をたづねければ、老夫(らうふ)いふやう、それがし今朝(けさ)西山(にしやま)の嶺(たふげ)半(なかば)にさしかゝらんとせし時、こゝのあるじに行逢(ゆきあひ)、何方(いづかた)へとたづねければ稲倉(いなくら)村へ行(ゆく)とて行過(ゆきすぎ)給ひぬ。我は宿(やど)へ皈(かへ)り足にて遙(はるか)に行過(ゆきすぎ)たる頃(ころ)例(れい)の雪頽(なだれ)の音(おと)をきゝて、これかならずかの山ならんと嶺(たふげ)を无事(ぶじ)に通(とほ)りしをよろこびしにつけ、こゝのあるじはふもとを无難(ぶなん)に行過(ゆきすぎ)給ひしや、万一なだれに逢(あひ)はし給はざりしかと案(あん)じつゝ宿(やど)へかへりぬ。今に皈(かへ)り給はぬはもしやなだれにといひて眉(まゆ)を皺(しは)めければ、親子は心あたりときゝてたのみし事も案(あん)にたがひて、顔見あはせ泪(なみだ)さしぐむばかり也。老夫(らうふ)はこれを見てそこ〳〵に立かへりぬ。集居(あつまりゐ)たる若人(わかて)どもこれをきゝて、さらばなだれの処にいたりてたづねみん炬(たいまつ)こしらへよなど立騒(たちさわ)ぎければ、ひとりの老人(らうじん)がいふ、いな〳〵まづまち候へ、遠(とほ)くたづねに行(ゆき)し者(もの)もいまだかへらず、今にもその人とおなじくあるじの皈(かへ)りたまはんもはかりがたし、雪頽(なだれ)にうたれ給ふやうなる不覚人(ふかくにん)にはあらざるを、かの老奴(おやぢ)めがいらざることをいひて親子(おやこ)たちの心を苦(くるしめ)たりといふに、親子はこれに励(はげま)されて心慰(こゝろひらけ)酒肴(しゆかう)をいだして人々にすゝむ。これを見て皆(みな)打ゑみつゝ炉辺(ろへん)に座列(ゐならび)て酒酌(くみ)かはし、やゝ時うつりて遠(とほ)く走(はせ)たる者ども立かへりしに、行方(ゆくへ)は猶(なほ)しれざりけり。

○かくて夜も明(あけ)ければ、村の者どもはさら也聞(きゝ)しほどの人々此家(このいへ)に群(あつま)り来り、此上はとて手(て)に〳〵木鋤(こすき)を持(もち)家内の人々も後(あと)にしたがひてかの老夫(らうふ)がいひつるなだれの処に至(いた)りけり。さて雪頽(なだれ)を見るにさのみにはあらぬすこしのなだれなれば、道(みち)を塞(ふさぎ)たる事二十間(けん)余(あま)り雪の土手(どて)をなせり。よしやこゝに死たりともなだれの下をこゝぞとたづねんよすがもなければ、いかにやせんと人々佇立(たゝずみ)たるなかに、かの老人(らうじん)よし〳〵所為(しかた)こそあれとて、若(わか)き者(もの)どもをつれ近(ちか)き村にいたりて雞(にはとり)をかりあつめ、雪頽(なだれ)の上にはなち餌(ゑ)をあたえつゝおもふ処へあゆませけるに、一羽の雞羽たゝきして時ならぬに為晨(ときをつくり)ければ余(ほか)のにはとりもこゝにあつまりて声(こゑ)をあはせけり。こは水中(すゐちゆう)の死骸(しがい)をもとむる術(じゆつ)なるを雪に用(もち)ひしは応変(おうへん)の才也しと、のち〳〵までも人々いひあへり。老人衆(しゆう)にむかひ、あるじはかならず此下に在(あ)るべし、いざ掘(ほ)れほらんとて大勢一度に立かゝりて雪頽(なだれ)を砕(くだ)きなどして掘(ほり)けるほどに、大なる穴(あな)をなして六七尺もほり入れしが目に見ゆるものさらになし。猶(なほ)ちからを尽(つく)してほりけるに真白(ましろ)なる雪のなかに血(ち)を染(そめ)たる雪にほりあて、すはやとて猶(なほ)ほり入れしに片腕(かたうで)ちぎれて首(くび)なき死骸(しがい)をほりいだし、やがて腕(かひな)はいでたれども首はいでず。こはいかにとて広(ひろ)く穴にしたるなかをあちこちほりもとめてやう〳〵首(くび)もいでたり、雪中にありしゆゑ面(おもて)生(いけ)るがごとく也。さいぜんよりこゝにありつる妻(つま)子らこれを見るより妻(つま)は夫(をつと)が首(くび)を抱(かゝ)へ、子どもは死骸(しがい)にとりすがり声(こゑ)をあげて哭(なき)けり、人々もこのあはれさを見て袖(そで)をぬらさぬはなかりけり。かくてもあられねば妻(つま)は着(き)たる羽織(はおり)に夫(をつと)の首(くび)をつゝみてかゝへ、世息(せがれ)は布子(ぬのこ)を脱(ぬぎ)て父の死骸(しがい)に腕(うで)をそへて泪(なみだ)ながらにつゝみ脊負(せおは)んとする時、さいぜん走(はし)りたる者(もの)ども戸板(といた)むしろなど担(かた)げる用意をなしきたり、妻(つま)がもちたる首(くび)をもなきからにそへてかたげければ、人々前後(ぜんご)につきそひ、つま子らは哭(なく)々あとにつきて皈(かへ)りけるとぞ。此ものがたりは牧之(ぼくし)が若(わか)かりし時その事にあづかりたる人のかたりしまゝをしるせり。これのみならずなだれに命をうしなひし人猶(なほ)多(おほ)かり、またなだれに家をおしつぶせし事もありき。其(その)怖(おそろし)さいはんかたなし。かの死骸(しがい)の頭(かしら)と腕(かひな)の断離(ちぎれ)たるは、なだれにうたれて磨断(すりきら)れたる也。

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