二十四 寺の雪頽

北越雪譜 原文
原文現代語訳

なだれは敢(あへ)て山にもかぎらず、形状(かたち)峯(みね)をなしたる処は時としてなだるゝ事あり。文化のはじめ思川村(おもひがはむら)天昌寺(てんしやうじ)の住職(じゆうしよく)執中和尚(しつちゆうをせう)は牧之(ぼくし)が伯父(をぢ)也。仲冬のすゑ此人居間(ゐま)の二階にて書案(つくゑ)によりて物を書(かき)てをられしが、窓(まど)の庇(ひさし)に下(さが)りたる垂氷(つらゝ)の五六尺なるが明(あか)りに障(さは)りて机(つくゑ)のほとり暗(くら)きゆゑ、家の檐(のき)にいで家僕(しもべ)が雪をほらんとてうちおきたる木鋤(こすき)をとり、かのつらゝを打(うち)をらんとて一打うちけるに、此ひゞきにやありけん(里言につらゝをかなこほりといふ、たるひとは古言にもいふ)本堂に積(つもり)たる雪の片屋根磊々(ぐら〳〵)となだれおち、土蔵(どざう)のほとりに清水(しみづ)がゝりの池ありしに、和尚なだれに押落(おしおと)され池に入るべきを、なだれの勢(いきほ)ひに身(み)は手鞠(てまり)のごとく池をもはねこえて掘揚(ほりあげ)たる雪に半身(はんしん)を埋(うづ)められ、あとさけびたるこゑに庫裏(くり)の雪をほりゐたるしもべら馳(はせ)きたり、持(もち)たる木鋤(こすき)にて和尚を掘(ほり)いだしければ、和尚大に笑(わら)ひ身(み)うちを見るに聊(いさゝか)も疵(きず)うけず、耳(みゝ)に掛(かけ)たる眼鏡(めかね)さへつゝがなく不思議(ふしぎ)の命をたすかり給ひぬ。此時七十余(よ)の老僧(らうそう)也しが、前(まへ)にいへる何村(なにむら)の人の不幸(ふかう)に比(くらぶ)れば万死に一生をえられたる天幸(てんかう)といひつべし。齢(よはひ)も八十余まで无病(むびやう)にして文政のすゑに遷化(せんげ)せられき。平日余(よ)に示(しめ)していはれしは、我雪頽(なだれ)に撞(うた)れしとき筆を採(と)りて居(ゐ)たりしは、尊(たふと)き仏経(ぶつきやう)なりしゆゑたゞにやはとて一字(じ)毎(ごと)に念仏(ねんぶつ)申て書居(かきを)れり、しかるに雪頽(なだれ)に死すべかりしを不思議(ふしぎ)に命(いのち)助(たす)かりしは一字(じ)念仏(ねんぶつ)の功徳(くどく)にてやありけん。されば人は常(つね)に神仏(かみほとけ)を信心(しん〴〵)して悪事(あくじ)災難(さいなん)を免(まぬか)れん事をいのるべし。神仏(かみほとけ)を信(しん)ずる心の中(うち)より悪心はいでぬもの也。悪心の无(なき)が災難(さいなん)をのがるゝ第一也とをしへられき。今も猶(なほ)耳(みゝ)に残れり。人智(じんち)を尽(つく)してのちはからざる大難(だいなん)にあふは因果(いんぐわ)のしからしむる処ならんか。人にははかりしりがたし。人家の雪頽(なだれ)にも家を潰(つぶ)せし事人の死たるなどあまた見聞(みきゝ)したれども、さのみはとてしるさず。

現代語訳で読む →
← 前の項二十三 雪頽人に災す