なだれは敢て山にもかぎらず、形状峯をなしたる処は時としてなだるゝ事あり。文化のはじめ思川村天昌寺の住職執中和尚は牧之が伯父也。仲冬のすゑ此人居間の二階にて書案によりて物を書てをられしが、窓の庇に下りたる垂氷の五六尺なるが明りに障りて机のほとり暗きゆゑ、家の檐にいで家僕が雪をほらんとてうちおきたる木鋤をとり、かのつらゝを打をらんとて一打うちけるに、此ひゞきにやありけん(里言につらゝをかなこほりといふ、たるひとは古言にもいふ)本堂に積たる雪の片屋根磊々となだれおち、土蔵のほとりに清水がゝりの池ありしに、和尚なだれに押落され池に入るべきを、なだれの勢ひに身は手鞠のごとく池をもはねこえて掘揚たる雪に半身を埋められ、あとさけびたるこゑに庫裏の雪をほりゐたるしもべら馳きたり、持たる木鋤にて和尚を掘いだしければ、和尚大に笑ひ身うちを見るに聊も疵うけず、耳に掛たる眼鏡さへつゝがなく不思議の命をたすかり給ひぬ。此時七十余の老僧也しが、前にいへる何村の人の不幸に比れば万死に一生をえられたる天幸といひつべし。齢も八十余まで无病にして文政のすゑに遷化せられき。平日余に示していはれしは、我雪頽に撞れしとき筆を採りて居たりしは、尊き仏経なりしゆゑたゞにやはとて一字毎に念仏申て書居れり、しかるに雪頽に死すべかりしを不思議に命助かりしは一字念仏の功徳にてやありけん。されば人は常に神仏を信心して悪事災難を免れん事をいのるべし。神仏を信ずる心の中より悪心はいでぬもの也。悪心の无が災難をのがるゝ第一也とをしへられき。今も猶耳に残れり。人智を尽してのちはからざる大難にあふは因果のしからしむる処ならんか。人にははかりしりがたし。人家の雪頽にも家を潰せし事人の死たるなどあまた見聞したれども、さのみはとてしるさず。
二十四 寺の雪頽
北越雪譜 原文
原文現代語訳