二十五 玉山翁が雪の図

北越雪譜 原文
原文現代語訳

さきのとし玉山翁が梓行(しかう)せられし軍物語(いくさものがたり)の画本の中に、越後の雪中にたゝかひしといふ図(づ)あり。文には深雪(みゆき)とありて、しかも十二月の事なるに、ゑがきたる軍兵(ぐんびやう)どもが挙止(ふるまひ)を見るに雪は浅(あさ)く見ゆ。(越後の雪中馬足はたちがたし、ゆゑに農人すら雪中牛馬を用ひず、いわんや軍馬をや、しかるを馬上の戦ひにしるしたるは作者のあやまり也、したがふて画者も誤(あやま)れる也、雪あさき国の人の画作なれば雪の実地をしらざるはうべ也)越後雪中の真景(しんけい)には甚しくたがへり。しかしながら画(ゑ)には虚(そらごと)もまじへざればそのさまあしきもあるべけれど、あまりにたがひたれば玉山の玉に瑾(きず)あらんも惜(をし)ければ、かねて書通(しよつう)の交(まじは)りにまかせて牧之が拙(つたな)き筆にて雪の真景(しんけい)種々(かず〳〵)写(うつ)し、猶(なほ)常(つね)に見ざる真景もがなと春の半(なかば)わざ〳〵三国嶺(みくにたふげ)にちかき法師嶺(ほふしたふげ)のふもとに在(あ)る温泉(をんせん)に旅(やど)りそのあたりの雪を見つるに、高(たか)き峯(みね)よりおろしたるなだれなどは、五七間(けん)ほどなる四角或は三角なる雪の長さは二三十間(けん)もあらんとおもふが谷によこたはりたる上に、なほ幾(いく)つとなく大小かさなりたるなど、雪国にうまれたる目にさへその奇観(きくわん)ことばには尽(つく)しがたし。これらの真景(しんけい)をも其座(そのざ)にうつしとりたるを添(そへ)て贈(おく)りしに、玉山翁が返書(へんしよ)に、北越(ほくゑつ)の雪我(わ)が机上(きしやう)にふりかゝるがごとく目をおどろかし候、これらの図(づ)をなほ多くあつめ文を添(そへ)させ私筆にて例(れい)の絵本(ゑほん)となし候はゞ、其書(しよ)雪の霏々(ひゝ)たるがごとく諸国(しよこく)に降(ふら)さん事我(わ)が筆下(ひつか)に在(あ)りといはれたる書翰(しよかん)、今猶牧之(ぼくし)が書笈(しよきふ)にをさめあり。此書(このしよ)ならずして黄(き)なる泉(いづみ)に玉山を沈(しづめ)しは惜(をしむ)べし〳〵。

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