二十六 越後縮

北越雪譜 原文
原文現代語訳

(ちゞみの文字普通(ふつう)の俗用(ぞくよう)にしたがふ又しゞみと訓(よむ)べきをもちゞみと俗にならふ)

縮は越後の名産(めいさん)にして普(あまね)く世の知る処なれど、他国(たこく)の人は越後一国の産物(さんぶつ)とおもふめれど、さにあらず、我住(わがすむ)魚沼郡(うをぬまこほり)一郡(ぐん)にかぎれる産物(さんぶつ)也。他所(たしよ)に出(いづ)るもあれど僅(わづか)にして、其品(しな)魚沼には比しがたし。そも〳〵縮(ちゞみ)と唱(とな)ふるは近来(きんらい)の事にて、むかしは此国にても布(ぬの)とのみいへり。布は紵(を)にて織(お)る物の総名(そうみやう)なればなるべし。今も我があたりにて老女(らうぢよ)など今日(けふ)は布を市にもてゆけなどやうにいひて古言(こげん)ものこれり。東鑑(あづまかゞみ)を案(あんず)るに、建久三壬子の年勅使(ちよくし)皈洛(きらく)の時、鎌倉殿(かまくらどの)より餞別(せんべつ)の事をいへる条(くだり)に越布(ゑつふ)千端(たん)とあり。猶(なほ)古きものにも見ゆべけれど、さのみは索(もとめ)ず。後(のち)のものには室町殿(むろまちどの)の営中(えいちゆう)の事どもを記録(きろく)せられたる伊勢家の書(しよ)には越後布(ぬの)といふ事あまた見えたり。さればむかしより縮(ちゞみ)は此国の名産(めいさん)たりし事あきらけし。愚(ぐ)案(あんずる)に、むかしの越後布は布の上品(ひん)なる物なりしを、後々(のち〳〵)次第(しだい)に工(たくみ)を添(そへ)て糸に縷(より)をつよくかけて汗(あせ)を凌(しの)ぐ為(ため)に縐(しゞま)せ織(おり)たるならん。ゆゑに縐布(しゞみぬの)といひたるを、はぶきてちゞみとのみいひつらん歟(か)。かくて年(とし)歴(ふ)るほどに猶工(たくみ)になりて、地を美(うつくし)くせんとて今の如(ごと)くちゞみは名のみに残(のこ)りしならん。我が稚(おさな)かりし時におもひくらべて見るに、今は物の模様(もやう)を織(お)るなど錦(にしき)をおる機作(はたどり)にもをさ〳〵劣(おとら)ず、いかやうなるむづかしき模様(もやう)をもおり、縞(しま)も飛白(かすり)も甚上手になりて種々(しゆ〴〵)の奇工(きかう)をいだせり。機織婦人(はたおるをんな)たちの怜悧(かしこく)なりたる故(ゆゑ)ぞかし。

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