二十九 紵績

北越雪譜 原文
原文現代語訳

余(よ)一年(ひとゝせ)江戸に旅宿(りよしゆく)せし頃(ころ)、或人(あるひと)いふやう、縮(ちゞみ)に用ふる紵(を)を績(うむ)にはその処の婦人(ふじん)誘(さそ)ひあはせて一家にあつまり、その家にて用ふる紵(を)を績(うみ)たて此人々たがひにその家をめぐりて績(うむ)と聞(きゝ)しがいかにといひき。いかなる人ぞかゝる空言(そらこと)をばいひふらしけん。さりながら魚沼(うをぬま)一郡(ぐん)も広(ひろ)き事ゆゑ、右やうにする処もあるやらん。たとひありとも、こは下品のちゞみに用ふる紵(を)の事ならん。下品(げひん)の縮の事は姑舎(しばらくおい)て論(ろん)ぜず。中品(ちゆうひん)以上に用ふるを績(うむ)にはうむ所(ところ)の座(ざ)をさだめおき、体(たい)を正しくなし呼吸(こきふ)につれて手(て)を動(はたらか)せて為作(わざ)をなす。定座(ぢやうざ)に居(を)らず、仮(かり)に居(ゐ)て其為作(わざ)をなせば、おのづから心鎮(しづまら)ずして糸に太細(ふとほそ)いできて用にたちがたし。常並(つねなみ)の人の紵(を)を績(うむ)には唾液(つばしる)を用ふれども、ちゞみの紵績(をうみ)には茶碗(ちやわん)やうの物に水をたくはひてこれをもちふ。事毎(ことごと)に盥(てあら)ひ座を清(きよ)めてこれをなすなり。

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