三十 縷綸

北越雪譜 原文
原文現代語訳

糸に作るにも座を定め体(たい)を囲位(かたむ)る事績(うむ)におなじ。縷綸(いとによる)その道具その手術(てわざ)その次第(しだい)の順(じゆん)、その名に呼物(よぶもの)許多(いろ〳〵)種々(さま〴〵)あり、繁細(はんさい)の事を詳(つまびらか)にせんはくだ〳〵しければ言(いは)ず。そも〳〵うみはじむるよりおりをはるまでの手作(てわざ)すべて雪中に在(あり)、上品(ひん)に用ふる処の毛よりも細(ほそ)き糸を綴兆(しゞめたり)舒疾(のべたり)してあつかふ事、雪中に籠(こも)り居(を)る天然(てんねん)の湿気(しめりけ)を得(え)ざれば為(な)し難(がた)し。湿気(しめりけ)を失(うしな)へば糸折(をれ)る事あり。をれしところ力(ちから)よわり断(きれ)る事あり、是故(このゆゑ)に上品の糸をあつかふ所は強(つよ)き火気(くわき)を近付(ちかづけ)ず、時により織(お)るに後(おくれ)て二月の半(なかば)にいたり、暖気(だんき)を得て雪中の湿気(しつき)薄(うす)き時は大なる鉢(はち)やうの物に雪を盛(もり)て機(はた)の前(まえ)に置(おき)、その湿気(しつき)をかりて織る事もあり。これらの事に付(つき)て熟思(つら〳〵おもふ)に、絹(きぬ)を織(おる)には蚕(かひこ)の糸(いと)ゆゑ阳熱(やうねつ)を好(このみ)、布(ぬの)を織には麻(あさ)の糸ゆゑ阴冷(いんれい)を好(この)む。さて絹(きぬ)は寒に用ひて温(あたゝか)ならしめ、布は暑(しよ)に用て冷(ひやゝ)かならしむ。是(こ)は天然(てんねん)に阴阳(いんやう)の気運(きうん)に属(しよく)する所ならんか。件(くだん)の如(ごと)く雪中に糸となし、雪中に織(お)り、雪水に洒(そゝ)ぎ、雪上に曬(さら)す。雪ありて縮(ちゞみ)あり、されば越後縮は雪と人と気力(きりよく)相半(あひなかば)して名産(めいさん)の名あり。魚沼郡(うをぬまこほり)の雪は縮(ちゞみ)の親(おや)といふべし。蓋(けだ)し薄雪(はくせつ)の地に布(ぬの)の名産(めいさん)あるよしは糸の作(つく)りによる事也。越後縮に比(くら)べて知(し)るべし。

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