三十一 織婦

北越雪譜 原文
原文現代語訳

凡(およそ)織物(おりもの)を専業(せんげふ)とする所にては、織人(はたおり)を抱(かゝ)へおきて織(おら)するを利とす。縮(ちゞみ)においては別(べつ)に无(な)き一国の名産なれども、織婦(はたおりをんな)を抱(かゝ)へおきておらする家なし。これいかんとなれば縮を一端(たん)になすまでに人の手(て)を労(らう)する事かぞへ尽(つく)しがたし。なか〳〵手間(てま)に賃銭(ちんせん)を当(あて)て算量(つもる)事にはあらず、雪中に籠居(こもりをる)婦女等(ふぢよら)が手(て)を空(むなし)くせざるのみの活業(いとなみ)也。縮(ちゞみ)の糸四十緌(すぢ)を一升(ひとよみ)といふ。上々のちゞみは経糸(たていと)二十升(よみ)より二十三升(よみ)にも至(いた)る。但し筬(をさ)には二すぢづゝ通(とほ)すゆゑ、一升の糸は八十緌(すぢ)也。布幅(ぬのはゞ)四方に緯糸(よこいと)もこれに随(したが)ふて併(あはせ)ざれば地をなさず。(よこ糸は猶多からんか、たしかにはさとさず)されば僅(わづか)に一尺あまりを織(お)るにも九百二十度(たび)手を動(はたらか)す。こゝを以て一端(たん)を二丈七尺としても二万四千四百八十四度手をはたらかせざれば端(たん)をなさず、是(こ)は其凡(そのおよそ)をいふのみ。(ちゞみはくぢらざし三丈を定尺とす)績(うみ)はじむるより織(おり)おろし曬(さら)しあげて端(たん)になすまでの苦心労繁(くしんらうはん)おもひはかるべし。ちゞみのみにはかぎらず織物(おりもの)はすべて然(しか)ならんが、目前(もくぜん)に我(わ)が視(みる)ところなればいふ也。かゝる縮を僅(わづか)の価(あたひ)にて自在(じざい)に着用(ちやくよう)するは俗(ぞく)にいふ安いもの也。縮をおる処のものは娶(よめ)をえらぶにも縮の伎(わざ)を第一とし、容儀(ようぎ)は次(つぎ)とす。このゆゑに親たるものは娘の幼(おさなき)より此伎(わざ)を手習(てならは)するを第一とす。十二三歳より太布(ふとぬの)をおりならはす、およそ十五六より二十四五歳までの女気力(きりよく)盛(さかん)なる頃(ころ)にあらざれば上品(ひん)の縮は機工(きかう)を好(よく)せず、老(おい)に臨(のぞん)では綺面(はたづら)に光沢(つや)なくして品質(しながら)くだりて見ゆ。貴重(きちよう)の尊用(そんよう)はさら也、極品(ごくひん)の誂物(あつらへもの)は其品(しな)に能(よく)熟(じゆく)したる上手をえらび、何方(いづく)の誰々(たれ〳〵)と指(ゆび)にをらるゝゆゑ、そのかずに入らばやとて各々(おの〳〵)伎(わざ)を励(はげ)む事也。かゝる辛苦(しんく)は僅(わづか)の価(あたひ)の為(ため)に他人(たにん)にする辛苦(しんく)也。唐(たう)の秦韜玉(しんたうぎよく)が村女(そんぢよ)の詩(し)に、最(もつとも)恨(うら)むは年々(ねん〳〵)金線(きんせん)を圧(つくらふ)て他人(たにん)の為(ため)に嫁(よめいり)の衣装(いしやう)を作(つく)るといひしは宜(むべ)なる哉々々(かな〳〵〳〵)。

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