およそ織物を本業とする所では、織り手を抱えておいて織らせるのが得である。縮は他国にない一国の名産だが、織り手を抱えて織らせる家はない。なぜかというと、縮を一反に仕上げるまでに人の手をかけることは数えきれないからである。とても手間に賃金をあてて計算できるものではなく、雪の中にこもっている女たちが手を空けずにいるための仕事なのである。
縮の糸四十本を一升という。最上の縮は経糸(たていと)が二十升から二十三升にもなる。ただし筬(おさ)には二本ずつ通すので、一升の糸は八十本になる。布は縦横同じ目にするので、緯糸(よこいと)もこれに合わせて並べなければ生地にならない(緯糸はもっと多いだろうか。確かなことは知らない)。だからわずか一尺あまりを織るにも九百二十回手を動かす。これで一反を二丈七尺としても、二万四千四百八十四回手を働かせなければ一反にならない。これはそのおおよそを言うだけである(縮は鯨尺で三丈を一反の定めとする)。績みはじめから織りあげ、晒しあげて一反にするまでの苦心と手間を察してほしい。縮に限らず織物はすべてそうだろうが、目の前で見ていることなので言うのである。こういう縮をわずかな値段で思うままに着るのは、俗にいう「安いもの」である。
縮を織る所の者は、嫁を選ぶにも縮の技を第一とし、容姿は二の次とする。だから親は、娘が幼いころからこの技を習わせることを第一とする。十二、三歳から太布を織るのを習わせる。およそ十五、六歳から二十四、五歳までの、女の気力の盛んなころでなければ、上等の縮は機の技が思うようにいかない。年をとると、生地に艶がなくなって品質が落ちて見える。身分の高い方のご用はもちろん、最上品の注文は、その品によく熟練した上手を選び、どこの誰それと指折り数えられるので、その数に入りたいと、それぞれ技に励むのである。このような苦労は、わずかな値段のために他人のためにする苦労である。唐の秦韜玉の「貧女」の詩に「最も恨むは、年々金線を圧(お)して、他人のために嫁衣裳を作ること」とあるのは、まことにもっともだ。