ひとゝせある村の娘、はじめて上々のちゞみをあつらへられしゆゑ大によろこび、金匁を論ぜず、ことさらに手際をみせて名をとらばやとて、績はじめより人の手をからず、丹精の日数を歴て見事に織おろしたるを、さらしやより母が持きたりしときゝて、娘ははやく見たく物をしかけたるをもうちおきてひらき見れば、いかにしてか匁ほどなる煤いろの暈あるをみて、母さまいかにせんかなしやとて縮を顔にあてゝ哭倒れけるが、これより発狂となり、さま〴〵の浪言をのゝしりて家内を狂ひはしるを見て、両親娘が丹精したる心の内をおもひやりて哭になきけり。見る人々もあはれがりてみな袖をぬらしけるとぞ。友人なにがしがものがたりせり。
三十二 織婦の発狂
北越雪譜 原文
原文現代語訳