四十三 鴈の代見立

北越雪譜 現代語訳
原文現代語訳

わが国では雪の盛んなときは、鳥の食べられるものが何ひとつないので、冬は山野の鳥はまれである。春になって雪が降りやんだころ、いろいろな鳥を見る。二月になっても野山一面の雪の中で、清水の流れは水が温かいので雪が少し消えるところもある。これが水鳥の下りるところである。雁はこれを見ると、まず二、三羽がここに下りて、自分たちがまず餌をあさり、それから糞を残して、餌のあるところの目印にする。土地の言葉でこれを「雁の代見立(しろみたて)」という。雁がこうするのは、仲間の鳥を呼び集めて、彼らにも餌をあさらせようとするためである。仲間に信義のあることは、人も恥じ入るべきことだ。

ところが心ない連中は、その糞を探し歩き、代見立の糞があれば、必ずいろいろな手を尽くして雁の来るのを待って捕らえる。雁もたびたび捕られてそれを知ったのか、人に知られまいと糞に土をかけて隠しておくようになった。代見立がはずれて、さほど餌のなかったところには、糞に土をかけず、二度と来ない。その知恵のあることは人と同じである。人はまたこれも知って容赦しない。糞に土をかけてあるのを見ると、そのあたりの矢ごろのよいところに、人が入れるほどの、椀を伏せたような形のものを雪で作り、うしろに入り口をつけて中は空洞にし、雁の下りそうな方に穴をあけて、その来るのを待つ(雁はいつでも来るわけではなく、来る時刻がある。後に述べる)。雁を見るとその穴から鉄砲の筒先を出して撃つ。こうするのを土地の言葉で「ゆきんどう」という。「雪ん堂」である(これに限らずいろいろな方法がある)。雁がいる場所を替えるのは夕暮れ、夜中、明け方である。人はこの時を待って、いろいろと工夫を尽くして捕らえる。

わが国では雪のためにいろいろな難儀があることは、あらまし前に述べたとおりだが、雪が重宝することもある。第一は大小のそりの便利さ、縮の製作。○雪ん堂。○田舎芝居の舞台・桟敷・花道もみな雪で作る。○辻売りのいる場所や売り物の台もみな雪で作る。これを土地の言葉で「さつや」という。○獣狩り、追い鳥。○積もった雪が家を埋めて、かえって寒さを防ぐ。○夏も山あいの雪で魚や鳥の肉を包んでおけば腐らない。○雪の水が川の源を養う、など。このほか詳しく言えばまだあるだろう。これを思えば、天地の万物に捨てるべきものはない。ただ捨てるべきは人の悪だけである。

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