我国雪盛なる時は、鳥などの食すべきもの一点もなきゆゑ、冬は山野の鳥は稀也。春にいたり雪降りやみし頃諸鳥を見る。二月にいたりても野山一面の雪の中に、清水ながれは水気温なるゆゑ雪のすこし消る処もあり、これ水鳥の下る処也。雁これを見ればまづ二三羽こゝにをりて己まづ求食、さて糞をのこして喰ある処の目とす、俚言にこれを雁の代見立といふ。雁のかくするは友鳥を集ひきたりて、かれにも求食せんとて也。朋友に信ある事人も恥べき事也、しかるを心なき徒かの糞をたづねありき、代見立の糞あればかならず種々の術を尽して雁のくるをまちて捕ふ。雁もたび〳〵とられてこれをしるにや、人にしらせじとて糞に土をかけてかくしおく也。代見立あしくさまで食なかりし処へは、ふんに土をかけずふたゝび来らず、その智ある事人におなじ。人またこれらをも知りてゆるさず、糞に土をかけたるを見れば其辺りの矢頃よき処へ、人の入るべき程に椀をふせたるやうなるものを雪にて作り、後に入り口をつけ内は洞になし、雁のをるべき方に穴をつくりてそのきたるをまつ。(雁は不時にはきたらず、くべき時あり、しもにいふべし)雁を見ればかの穴より銕炮の銃口をいだしてうつ也、かくするを里言にゆきんだうといふ、雪ン堂也。(これにもかぎらずさま〴〵の術あり)雁の居る処を替ふるは夕暮夜半暁也、人此時をまちて種々の工を尽して捕ふ。我国雪の為にさま〴〵の難義はあらまし前にいへるごとくなれども、雪の重宝なる事もあり、第一は大小雪舟の便利、縮の製作○雪ン堂○田舎芝居の舞台桟敷花道みな雪にて作る。○辻売の居る処売物の台架もみな雪にて作る、是を里言にさつやといふ。○獣狩、追鳥。○積雪家を埋め却て寒威を禦ぐ。○夏も山間の雪を以て魚鳥の肉を擁包おけば敗餒ず。○雪水江河の源を養ふなど、此外詳にいはゞ猶あるべし。是をおもへば天地の万物捨べきものはあるべからず、たゞ捨べきは人悪のみ。
四十三 鴈の代見立
北越雪譜 原文
原文現代語訳