四十五 雁の総立

北越雪譜 原文
原文現代語訳

およそ陸鳥(りくてう)は夜中盲(めくら)となり、水鳥(すゐてう)は夜中眼(め)明(あきらか)也。ことに雁(がん)は夜中物を見る事はなはだ明也。他国はしらず我国の雁はおほくは昼(ひる)は眠(ねふ)り、夜は飛行(とびあり)く。眠る時は人に遠(とほ)き処にて集(あつま)り眠る、此時は首をあげて四方を見てゐる雁二羽あり、人これを番鳥(ばんどり)といふ。求食(あさる)にもしか也。飛(とぶ)に列(れつ)をなすは雁行(がんかう)とて兵書(へいしよ)にもいへり、人のしる処也。されど居(を)るにも位列(ゐれつ)をなして漫(みだり)ならず。求食(あさる)時は衆(みな)あさり、遊(あそ)ぶ時はみなあそぶ。雁中(がんちゆう)に一雁ありて所為(なすところ)衆(みな)これに随(したが)ふ、大将(たいしやう)と士卒(しそつ)とのごとし。人のきたるか又はあやしきを見れば、かのばん鳥(とり)羽(は)たゝきをなす、余(よ)のとりこれをきゝ、いかに求食(あさる)ともねぶるとも此羽たゝきをきゝあやまらず、幾羽(いくは)も乱(みだれ)て飛(とび)あがり、さて列(れつ)をなして去(さ)る。里言(さとことば)にこれを雁の総立(そうだち)といふ。雁の備(そなへ)ある事軍陣(ぐんぢん)の如(ごと)し、余(よ)の鳥(とり)になき事也、他国の雁もしかならん。田舎人(ゐなかうど)には珍(めづら)しからねど都会(とくわい)の人の話柄(はなしぐさ)にいへり。

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