しぶみ川、源は信越の境よりいで、越後の内三十四里を流れて千曲川に伴ひ此海に入る。此川越後の○頸城○魚沼○三嶋○古志の四郡を流るゝゆゑ、四府見の文字ならんかとおもひしに僻事也。古書に渋海又新浮海とも見えたり。此川屈り曲り、広狭言ひ尽すべからず。冬は一面に氷り閉てその上に雪つもりたる所平地のごとし。されど急流岩に激して水勢絶急ところは雪もつもる事あたはず、浪を見る処もあり。渡口などは斧にて氷を砕きてわたせども、終には氷厚くなりて力およびがたく、船は陸に在りて人々氷の上を渉る。これを里言にざいわたりといふ。我国の俚言にすべて物の凍るを、○ざい○しみる○いてなどいふ。(いては古言也)此川の氷り正月のすゑか二月のはじめにいたれば、陽気を得て自然と裂て流る。大なるは七八間、種々の形をなし大小ひとしからず、川の広き所と狭き処とにしたがふ。旦に裂はじめて夕べにながれをはる。かならず一日あるひは一昼夜をかぎりとして三十四里の氷みなくだけながれて北海にいづる、そのひゞき千雷のごとく、山も震ふばかり也。此日川にちかき村々は慎み居て外にいづる事なし。たゞ他所の者は渋海川の氷見とて、花見のやうに酒肴をたづさへ岸に彩筵毛氈などしきてこれを見る。大小幾万の氷片水晶の盤石のごときが、藍のやうなる浪に漂ひながるゝは目ざましき荘観なり。氷を観て楽とする事暖国にはさらにあるべからず。此川にさかべつたうといふ奇談あり、次の巻にいふべし。
四十六 渋海川ざい渉り
北越雪譜 原文
原文現代語訳