四十六 渋海川ざい渉り

北越雪譜 原文
原文現代語訳

しぶみ川、源(みなもと)は信越(しんゑつ)の境(さかひ)よりいで、越後(ゑちご)の内三十四里を流(なが)れて千曲川(ちくまがは)に伴(ともな)ひ此海に入る。此川越後の○頸城(くびき)○魚沼(うをぬま)○三嶋○古志(こし)の四郡(しぐん)を流(なが)るゝゆゑ、四府見(しぶみ)の文字(もんじ)ならんかとおもひしに僻(ひが)事也。古書(こしよ)に渋海(しぶみ)又新浮海(しぶみ)とも見えたり。此川屈(まが)り曲(くね)り、広狭(ひろせまい)言ひ尽(つく)すべからず。冬は一面に氷り閉(とぢ)てその上に雪つもりたる所平地のごとし。されど急流(きふりう)岩に激(げき)して水勢(すゐせい)絶急(はげしき)ところは雪もつもる事あたはず、浪を見る処もあり。渡口(わたしば)などは斧(をの)にて氷を砕(くだ)きてわたせども、終(つひ)には氷(こほり)厚(あつ)くなりて力およびがたく、船は陸(をか)に在(あ)りて人々氷の上を渉(わた)る。これを里言(りげん)にざいわたりといふ。我国の俚言(りげん)にすべて物の凍(こほ)るを、○ざい○しみる○いてなどいふ。(いては古言也)此川の氷り正月のすゑか二月のはじめにいたれば、陽気(やうき)を得(え)て自然(しぜん)と裂(さけ)て流(なが)る。大なるは七八間(けん)、種々の形(かたち)をなし大小ひとしからず、川の広(ひろ)き所と狭(せま)き処とにしたがふ。旦(あした)に裂(さけ)はじめて夕(ゆふ)べにながれをはる。かならず一日あるひは一昼夜(いつちうや)をかぎりとして三十四里の氷(こほり)みなくだけながれて北海にいづる、そのひゞき千雷(らい)のごとく、山も震(ふる)ふばかり也。此日川にちかき村々は慎(つゝし)み居(ゐ)て外(ほか)にいづる事なし。たゞ他所(たしよ)の者は渋海川(しぶみがは)の氷見(こほりみ)とて、花見のやうに酒肴(しゆかう)をたづさへ岸(きし)に彩筵(はなござ)毛氈(まうせん)などしきてこれを見る。大小幾(いく)万の氷片(こほりのわれ)水晶(すゐしよう)の盤石(ばんじやく)のごときが、藍(あゐ)のやうなる浪に漂(たゞよ)ひながるゝは目ざましき荘観(みもの)なり。氷を観(み)て楽(たのしみ)とする事暖国(だんこく)にはさらにあるべからず。此川にさかべつたうといふ奇談(きだん)あり、次(つぎ)の巻(まき)にいふべし。

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