わが国の方言で蝶を「べっとう」といい、渋海川のほとりでは「さかべっとう」という。蝶はいろいろな虫が羽化したものである。大きいものを蝶といい、小さいものを蛾という(『本草』)。その種類ははなはだ多い。草花も蝶に化すことが本草書にも見える。蝶の和名を「かわひらこ」ということは『新撰字鏡』にも見えるが、「さかべっとう」という名の由来はまだ考えていない。
さて前に述べた渋海川で、春の彼岸のころ、幾百万の白い蝶が水面から二、三尺離れて、羽もすれ合うほどに群がり、高さは一丈あまり、両岸いっぱいに広がって川下から川上のほうへ飛んでいく。そのありさまは花吹雪にたとえても言い足りない。何里とも知れない流れに霞をたなびかせたようで、朝から夕方までことごとく川上へ続き、その果ても知れず、川の水も見えないほどである。さて日も暮れようとするころになると、みな水面に落ちて流れくだる。そのさまは白い布を流すようである。その蝶の形は火取り蛾ほどで、白い蝶である。わが国に大小の川が何本もあるなかで、この渋海川だけに限って毎年違わずこのことがあるのも不思議というべきだ。ところが天明の洪水以来、このことは絶えてしまった。
○本草書を調べると、石蚕、別名を沙虱というものが山の川の石の上にくっついて繭を作り、春から夏に羽化して小さな蛾となり、水の上を飛ぶとある。例のさかべっとうは渋海川の石蚕だろう。その種を洪水がすっかり流してしまったので絶えたのだろう。よその国にも石蚕の生じる川があれば、この蝶がいるかもしれない。私はこの蝶を見ていないので、近所の老婆で若いころ渋海川のあたりから嫁に来た人がいたのを尋ねて聞き、その老婆の語ったままをここに記した。