北海新潟の海門におつる大河は阿加川と千曲川と也。(あか川の事はこゝにいはず、千曲川一名を信濃川ともいふ、隈の字をも用ふ)千曲川の水源は信濃越後飛騨の大小の川々あまた流れ併て此大河をなす也。越後は妻有上田の二庄をながれて魚野川の急流をなし、魚沼郡藪上の庄川口駅の端ににいたりて信濃を流るゝ川と合して、古志郡蒲原郡の中央をながれて海に入る。信濃の流は濁り越後は清し。信水は犀川の濁水あるゆゑ也。鮏初秋より海を出て此流に泝る。蒲原郡の流は底深く河広ゆゑ大網を用ひて鮏を捕る。かの川口駅より上、上田妻有のあたりにては打切といふ事をなして鮏を捕る。その仕方は夏の末より事をはじめて、岸根より川中へ丸木の杭を建つらね横木をそえ、これに透間なく竹簀をわたして墻のごとくになし、川の石をよせかけて力となす。長さは百間二百間にいたる。周囲形は川の便利にしたがふ。船の通路はこれを除きて障りをなさず、又通船の路印を建て夜の為とす。さてこれにつゞといふ物を簀下へならべ、鮏の入るべきやうにくゝしおく也。(くひありてつゞのすゑをもくゝしおく)此つゞの作りやうは竹を簀にあみて末をば縛し、鮏の入るべき口の方には竹の尖を作りかけて腮をなし、地につく方はひらめ上は丸くし、胴には彭張あり、長さは五尺ばかり也。鮏入らんとすれば口広がるやうにいかにも巧に作りたるもの也。これをつゞといふは筒といふべきを濁り訛れるならん。田舎言葉には古言のまゝをいひつたへてむかしをしのぶもあれど、言の清濁をとりちがへて物の名などのかはれるも多し。(阿加川を所にてはあが川といふ)さて此打切を作るは幾ばくの費ある事ゆゑ、漁師ども語らひあひてする事也。打切したる岸には仮に小屋をつくりて、漁師ども昼夜こゝにありて夜も寐ずして鮏のかゝるを待也。七月より此業をなしはじめて十二月寒明まで、一連のものかはる〳〵此小屋にありて鮏をとる。此打切は川口を一番として水上へ十五番まであり。こゝはいづくの持とて川にその境目ありてはなはだ厳重也。
○さて鮏は川下より流に泝て打切にいたり、船のかよふべき所は流れ打切にせかれて小滝をなすゆゑ滝にのぼるをいとふにや、大かたは打切のよどみにいたりかの垣にせまり、潜るべき所やあるとこゝかしこをたづね、つゞをかけたる所にいたり、くゞりいでんとしてこゝに入れば底あるゆゑ、いでんとするに口に尖りの腮ありて出る事あたはず。
○さて小屋にあるものはかゝりつらんとおもふほどをはかり、はなかますといふ舟をのりいだし(大木を二ツにわりてこれをくりぬきて舟にしたるもの也 ○瀬の浅き所は舟を用ひず)雪下る寒夜にも銭の為にそのさむさをもいとはず、赤裸になりて水に飛入りつゞをはづし、鮏あればつゞのまゝ舟に入れさけをいだす。大鮏は三尺あまりもあるものゝ鮁狂ふゆゑ魚楑といふものにて頭を一打うてば立地死す。こゝに奇なる事は、此魚楑といふもの馬の爪をきりたる楑にあらざれば死せず。私につくりたるつちにてはいくつ打ても升ず。又かれが頭に打べき所もありと漁夫がいへり。(鮏ある所にてはいづくにても此なつちを用ふ、みな馬の爪きるつち也とぞ)すけご(助賈なるべし)とて鮏の仲買するもの、此小屋にきたりてさけをかふてうる也。