五十五 総滝

北越雪譜 原文
原文現代語訳

総滝(そたき)とは新潟(にひがた)の湊(みなと)より四十余里の川上、千隈川(ちくまかは)のほとり割野(わりの)村にちかき所の流(ながれ)にあり。信濃(しなの)の丹波島(たんばじま)より新潟(にひがた)までを流るゝ間(あひだ)に流(ながれ)の滝(たき)をなすはこゝのみなり。その総滝(そたき)とは川はゞはおよそ百間(けん)ちかくもあるべきに、大なる岩石竜(がんぜきりやう)の臥(ふし)たるごとく水中(すゐちゆう)にあるゆゑに、おとしくる水これに激(げき)して滝をなす也。鮏(さけ)こゝにいたりて激浪(げきらう)にのぼりかねて猶予(たゆたふ)ゆゑ、漁師(れふし)ども仮(かり)に柴橋(しばはし)を架(かけ)わたし、岸(きし)にちかき岩(いは)の上の雪をほりすてこゝに居てかの掻網(かきあみ)をなす。されど命の惜(をし)きにやおの〳〵己(おの)が腰(こし)に縄(なは)をつけこれを岩の尖(とが)りなどに縛(くゝ)しおく。こゝに往来(ゆきゝ)するには岩に足のかゝるべき所をわづかに作り、岩にとりつきて登(のぼ)り下(くだ)りをなす。若(もし)一あしを過(あやま)つ時は身(み)を粉(こ)に砕(くだ)きて滝(たき)におちいるめり、その危(あやふ)き事いはん方なし。余(よ)前年(さきのとし)江戸に在(あり)し時右の事を先(さき)の山東翁(さんとうをう)にかたりしに、翁(をう)曰(いはく)世路(せいろ)の灘(なだ)は総滝(そたき)よりも危からん、世は足(あし)もとを見て渡(わた)るべきにやとて笑(わら)へり。格言(かくげん)なりと耳にとゞまりしが、今偶然(ふと)おもひいだしたるゆゑしるせり。

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