五十九 笈掛岩の垂氷

北越雪譜 原文
原文現代語訳

我が住む塩沢(しほざは)の巽三里余(よ)に清水村といふあり、此村持(もち)の山に笈掛岩(おひかけいは)といふ在(あり)、高さ十丈あまり横(よこ)二十五間(けん)あり。下に谷川あり、(登り川といふのみなもとなり)その形(かた)ち屏風(びやうぶ)をひらきてたてまはしたるがごとし。岩の頂(いたゞ)き反(そ)り伏(ふ)して川に覆(おほ)ひたる下は四五十人坐(ざ)して狭(せま)からぬほどにて、やねあるがごとし。我が上(かみ)越後には名をよぶ奇岩(きがん)おほき中にこれもその一ツ也。此笈掛岩(おひかけいは)の氷柱(つらゝ)こそ我が国の人すら目をおどろかすなれ。そのつらゝあまた垂(た)れ下(さが)りたるなかには、長きは十丈ばかり太さは二(ふ)た抱(かゝへ)もあるべし。垂(たれ)たる形状(かたち)は蝋燭(らふそく)のながれたるやうなれど、里地(さとち)のつらゝとたがひて屈曲(くつきよく)種々(しゆ〴〵)のかたちをなして水晶(すゐしやう)にて工(たくみ)に作りなしたるがごとく、玲瓏(れいろう)として透徹(すきとをれ)るが暾(あさひ)の暉(かゞやき)たるはものに比(たぐ)ふべきなしと、此清水村の里正(りせい)阿部翁(あべをう)のものがたりにてきゝぬ。右のつらゝさへ我をはじめつらゝはめづらしからねば強(しひ)て見にゆく人なし。此清水村の阿部翁はむかし世(よ)に聞(きこ)えたる阿部右衛門の尉(じよう)が子孫也、世々清水越(こえ)の関守(せきもり)たり。こゝに長尾伊賀守の城跡(しろあと)あり。

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