我が家に江戸に二たとせ居たる僕あり。かれがかたりしに、江戸に寒念仏とて寒行をする道心者あり、寒三十日を限りて毎夜鈴が森千住にいたり刑死の回向をなす。そのすがたは股引草鞋にてあたゝかに着てつとむるなり。又寒中裸参りといふあり、家作にかゝはるすべての職人の若人らがする事なり。そのすがたは常より長く作りたる挑灯に日参などの文字をふとくしるしたるを持、裸にて錞をふりつゝとくはしりておもひ〳〵にこゝろざす所の神仏へまゐる也。まゐらんとする時はかならず水を浴ぶ。寒中の夜は幾人も西東へはせありくとかたれり。我国の寒行は、事はこれに似てその行ははなはだ異也、我国の寒中は所として雪ならざるはなく、寒気のはげしき事はまへにいへるがごとし。その雪をふみて毎夜寒念仏又は寒大神まゐりとて、寒中一七日或ひは三七日、心々に日をかぎりておのれが志す神仏へまうづ。おほくは農人の若人ら商家のめしつかひもあり、ひるは業をなして夜中にまうづる也。昼のいとなみのあひ〳〵日に三度づゝ水をあぶ、猶あぶるは心々也。禁じて身を拭ふ事をせずぬれたるまゝにて衣服を着す。坐するには米稿の穂の方をくゝしたるを扇のやうにひらきてこれに坐す、(此わらは七五三のこゝろとぞ)かりにも常のごとくには居らず。このゆゑに此束ねたる稿は帯にはさみてはなたず。また行の中は无言にて一言もいはず、又母のほか妻たりとも女の手より物をとらず、精進潔斎は勿論也。他の人もかれが腰にはさみたるわらを見て行者なる事をしり、むごんなれば言語をかけず人々つゝしむ事也。これはもし行者にことばをかけ、行者あやまつてことばをいだせば行破れたるゆゑ、はじめより行をしなほすゆゑ也。又无言の行はせざるもあり。さて夜に入れば千垢離をとり、百度目に一遍づゝかしらより水をあぶるゆゑ十遍水を浴。身をのごはずきるものをあらため雪ふらずとも簑笠也、あるひはいかなる雪荒にもいとふ事なく鉦うちならしつゝゆく。これにはかならず同行のものある故、そのかどにいたりてかねをならせば同行も家にありてかねをうちあいさつとして出きたる。家に入らざるものは、この行者女にゆきあへば身のけがれとして川に入り、又は井戸をこふて水をあぶる事まへのごとくして身をきよめ、さてまゐるなり。このゆゑに行者の鉦の音をきけば女はすべて門へはいでず、道にあへば遠くにかねのおとをきゝてかくるゝ也。行の内人の死したるをきけば、たとひ二里三里ある所にても、つねにしる人しらぬ人を論ぜず、志願の所にまうでたる皈るさなど、其家にいたりねんごろに回向す。これをも行の一ツとす。さるゆゑに不幸ありて日のたゝぬいへにては、行者のきたるをまちてものくはせんなど、いかにも清くして待也。寒念仏寒大神まゐりの苦行あらまし件のごとくなれば、他国はしらず、江戸の寒念仏裸まゐりに比ふればはなはだ異也。かゝる苦行をなすゆゑにや、その利益の灼然事を次にしるしつ。苦行して祈ればいづれの神仏も感応ある事を童蒙に示す。
六十一 雪中の寒行者
北越雪譜 原文
原文現代語訳