六十二 寒行の威徳

北越雪譜 原文
原文現代語訳

近来(ちかごろ)の事なりき、我が住(すむ)塩沢(しほざは)より十町あまり西南にあたりて田中村といふあり、此村に右の寒行(かんぎやう)をする者(もの)ありけり。ある日米俵(たわら)を脊負(せお)ひて五六町へだてたる中村といふへゆく、その道(みち)は三国海道(みくにかいだう)なれば人あしも繁(しげ)し。すべて雪道は人の踏(ふみ)かためたる跡(あと)のみをゆきゝするゆゑ、いかなる広き所も道は一条(ひとすぢ)にて其外(そのほか)をふめば腰(こし)をこえて雪にふみ入る也。それゆゑに重荷(おもに)など持たるは、たとへ武家たりとも一足(ひとあし)踏退(ふみのき)て(ふみのくべきあとはあり)道を譲(ゆづ)るが雪国の習(なら)ひ也。かの田中の者一人の武士にゆきあひ重荷(おもに)ながらもこなたより一足ふみのきたるに、武士は声(こゑ)をあらゝげ脇(わき)よれといふ。今ひと足ふみのかば重荷ゆゑことさら雪におち入らんとおもふゆゑ、いかにせんとためらひしを、無礼(ぶれい)ものめと肩(かた)をつきたるゆゑ俵(たわら)を脊負(せおひ)ていかでたまるべき、雪の中へよこさまに転(まろ)び倒(たふ)れしに、武士も又人に投(なげ)られし如(ごと)く倒(たふ)れければ、田中の者は早(と)く起(おき)て后(あと)も見ずしていそぎゆきけり。かゝるあとへおなじ田中の者こゝに来り、武士の雪中に倒(たふ)れて起(おき)もあがらざるを不審(いぶかり)立よりて、なにぞ病(やみ)玉ふかといへば、武士はかなきこゑしておこしくれよといふ。その㒵色(かほいろ)はつねならねど病人とも見えず、いざとて手を採(とり)て引起(ひきおこ)さんとするに手をのばさず、抱(かゝ)えおこさんとすれどもおきず、猶(なほ)力(ちから)のかぎりおこさんとすれども重(おも)き事大石の如くにて身(み)を動(うごかさ)ず、こは不思議(ふしぎ)と驚(おどろき)怖(おそる)るを見て、武士しか〴〵の事ありしが五体(ごたい)すくみて動(うご)く事ならずといふ。田中のものこの武士が米俵を脊負(せお)ひしものといひしをきゝて、心におぼえあればさてはと心づき、これかならず行者(ぎやうじや)の罰(ばち)ならんと行者(ぎやうじや)たるあらましをかたりきかせ、われもかれがゆきたる中村へゆくもの也、かの行者をこゝへつれきたらん、わび玉へ、こゝよりは程ちかしまち玉へとてはせゆき、やがて行者をつれきたりければ、武士は手をすりてゆるしたまへ〳〵といふ。行者はいかりたる色(いろ)もなく、なにともいはず衣服(きるもの)を脱(ぬぎ)てかたへの水楊(かはやなぎ)にかけ、赤裸(あかはだか)になりて水を浴(あ)み寒(かん)まゐりする方をふしをがみ、武士の手をとりて引起(ひきおこ)しければなにのくもなくおきあがり、いかにも恥(はぢ)たるさまにて礼(れい)をのべて立さりけるとぞ。常に我が家に来(く)る田中のものがかたれり。

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