近来の事なりき、我が住塩沢より十町あまり西南にあたりて田中村といふあり、此村に右の寒行をする者ありけり。ある日米俵を脊負ひて五六町へだてたる中村といふへゆく、その道は三国海道なれば人あしも繁し。すべて雪道は人の踏かためたる跡のみをゆきゝするゆゑ、いかなる広き所も道は一条にて其外をふめば腰をこえて雪にふみ入る也。それゆゑに重荷など持たるは、たとへ武家たりとも一足踏退て(ふみのくべきあとはあり)道を譲るが雪国の習ひ也。かの田中の者一人の武士にゆきあひ重荷ながらもこなたより一足ふみのきたるに、武士は声をあらゝげ脇よれといふ。今ひと足ふみのかば重荷ゆゑことさら雪におち入らんとおもふゆゑ、いかにせんとためらひしを、無礼ものめと肩をつきたるゆゑ俵を脊負ていかでたまるべき、雪の中へよこさまに転び倒れしに、武士も又人に投られし如く倒れければ、田中の者は早く起て后も見ずしていそぎゆきけり。かゝるあとへおなじ田中の者こゝに来り、武士の雪中に倒れて起もあがらざるを不審立よりて、なにぞ病玉ふかといへば、武士はかなきこゑしておこしくれよといふ。その㒵色はつねならねど病人とも見えず、いざとて手を採て引起さんとするに手をのばさず、抱えおこさんとすれどもおきず、猶力のかぎりおこさんとすれども重き事大石の如くにて身を動ず、こは不思議と驚怖るを見て、武士しか〴〵の事ありしが五体すくみて動く事ならずといふ。田中のものこの武士が米俵を脊負ひしものといひしをきゝて、心におぼえあればさてはと心づき、これかならず行者の罰ならんと行者たるあらましをかたりきかせ、われもかれがゆきたる中村へゆくもの也、かの行者をこゝへつれきたらん、わび玉へ、こゝよりは程ちかしまち玉へとてはせゆき、やがて行者をつれきたりければ、武士は手をすりてゆるしたまへ〳〵といふ。行者はいかりたる色もなく、なにともいはず衣服を脱てかたへの水楊にかけ、赤裸になりて水を浴み寒まゐりする方をふしをがみ、武士の手をとりて引起しければなにのくもなくおきあがり、いかにも恥たるさまにて礼をのべて立さりけるとぞ。常に我が家に来る田中のものがかたれり。
六十二 寒行の威徳
北越雪譜 原文
原文現代語訳