六十三 雪中の幽霊

北越雪譜 原文
原文現代語訳

我が隣駅(りんえき)関(せき)といふ宿(しゆく)につゞきて関山(せきやま)といふ村あり、此村より魚野(うをの)川を渡(わた)るべき橋(はし)あり。流れ急(きふ)なれば僅(わづか)の出水(でみづ)にも橋をながすゆゑ、仮(かり)に造(つく)りたる橋なれど川広(ひろ)ければはしもみじかからず。雪の頃は所のもの橋の雪を掘(ほり)て途(みち)を作れども、一夜の内に三尺も五尺もつもる事もあるゆゑに、日毎にもほらざれば橋幅(はしはゞ)の狭(せま)きに雪のつもりたる上をわたるなれば、渡(わた)り慣(なれ)たるものすら過(あやまつ)て川におち入り溺死(おぼれし)するものも間(まゝ)あり。

○さて此関山村のかたほとりに、独(ひと)り草庵(さうあん)を結(むす)びて住(す)む源教(げんけう)といふ念仏(ねんぶつ)の道心坊(だうしんばう)ありけり。年は六十あまり、たゞ念仏三昧(ざんまい)の法師(はふし)にて、无学(むがく)なれどもその行(おこなひ)は碩僧(せきそう)にもをさ〳〵劣(おとら)ず。かゝる僧なれば年毎(としごと)に寒念仏(かんねんぶつ)の行(ぎやう)をつとめ、无言(むごん)はせざるゆゑ夜毎(よごと)に念仏して鉦(かね)打(うち)ならし、ものにまゐりしかへるさ二夜に一度はかの橋(はし)に立て年頃おぼれしゝたる者の回向(ゑかう)をなししに、今夜(こよひ)は満願とてかの橋にもいたり殊更(ことさら)につとめて回向(ゑかう)をなし鉦うちならして念仏(ねんぶつ)しけるに、皎々(けう〳〵)たる月遽然(にはか)に曇(くも)りて朦朧(まうろう)たり。こはいぶかしとおもひしに、水中(すゐちゆう)より青(あを)き火閃々(ひら〳〵)ともえあがりければ、こは亡者(まうじや)の陰火(いんくわ)ならんと目を閉(とぢ)てかねうちならし、しばらく念仏して目をひらきしに、橋の上二間(けん)ばかり隔(へだて)て、年齢(としのころ)三十あまりと見ゆる女白く青ざめたる㒵に黒髪(くろかみ)をみだしかけ、今水よりいでたりとおもふばかり濡(ぬれ)たる袖をかきあはせて立(たて)り。常人(つねなみのひと)ならば吁(あ)といひて逃(にぐ)べきに、さはなくてその方に身を対(むけ)てつら〳〵見るに、斯(かう)闇(くら)くなりしにかゝるものゝあり〳〵と見ゆるもたゞ人ならじと猶よく見れば、体(からだ)は透徹(すきとほる)やうにてうしろにあるものも幽(かすか)に見ゆ。腰(こし)より下はありともなしともおぼろげ也。これこそ幽霊(いうれい)ならめとしきりに念仏しければ、移歩(あゆむ)ともなくまへにすゝみきたり、細微(ほそがれ)たる声(こゑ)していふやう、わらはゝ古志郡(こしこほり)何村(なにむら)(村名はもらす)の菊(きく)と申もの也、夫(つま)も子(こ)も冥途(めいど)にさきだて独(ひと)り跡(あと)にのこり、かそけき烟(けふ)りさへ立かねたれば、これよりちかき五十嵐村(いがらしむら)に由縁(ゆかり)の者(もの)あるゆゑ助(たす)けを乞(こは)んとてこの橋をわたりかゝり、あやまちて水に入り溺死(おぼれしゝ)たるもの也、今夜(こよひ)は四十九日の待夜なれど、世にすてられしかなしさは誰(たれ)ありて一掬(ひとすくひ)の水だに手向(たむく)る人なし。さるをおん僧(そう)しば〳〵こゝにきたりて回向(ゑかう)ありつる功徳(くどく)によりてありがたき仏果(ぶつくわ)をばえたれども、頭(かしら)の黒髪(くろかみ)が障(さは)りとなりて閻浮(えんぶ)に迷(まよ)ふあさましさよ。此上のねがひには此くろかみを剃(そり)こぼして玉はれかし、あな悲哉(かなしや)とて、㒵(かほ)に袖をあてゝさめ〴〵と泣(なき)けり。源教(げんけう)いふやう、そはいとやすき事也、されどこゝには剃(そる)べき物ももたざれば、あすの夜わがすむ関山(せきやま)の庵へきたり候へ、望をはたし申さんといひければ、さもうれしげにうなづくと見えしが烟(けふ)りのごとく消(きえ)うせ、月は皎々(けう〳〵)として雪を照(てらせ)り。

○さるほどに源教(げんけう)いほりにかへりて、朝日(あけのひ)人をたのみて旧来(としごろ)親(した)しき同(おな)じ村の紺屋(こんや)七兵衛をまねき、昨夜かう〳〵の事ありしとお菊(きく)が幽霊(いうれい)の㕝をこまかに語(かた)り、お菊が亡魂(まうこん)今夜(こよひ)かならずきたるべし、かゝる事は仏(ほとけ)に疎(うと)き人らにもかたりきかせて教化(けうぐゑ)の便(よすが)ともなすべくおもへども、たしかに見とゞけたりといふ証人(しやうにん)なければ人々空言(そらこと)とおもふらん、和殿(わどの)は正直(しやうぢき)の聞(きこ)えある人なれば幽霊(いうれい)の証人にたのみ申也、これも人の為也といふ。七兵衛も此法師とおなじとしごろにて、しかも念仏の信者(しんじや)なれば打うなづき、御坊(ごばう)のたのみとあればいかで固辞(いなみ)申さん、火ともすころに来(く)べし、何方(いづく)にもあれ隠(かく)れゐて見とゞけ申さん。さればよ仏壇(ぶつだん)の下こそよきかくれ所なれ、かまへて人にかたり玉ふな、かたりたらば幽霊(いうれい)を見んとて村の若人(わかうど)らが来(く)べきぞ。心えたるはとて立皈(かへ)りぬ。

○斯(かく)てその黄昏(たそがれ)にいたり、源教(げんけう)は常より心して仏に供養(くやう)し、そこら清(きよ)らになし経(きやう)を誦(ず)し居(ゐ)たり。七兵衛はやきたりぬ。誦(ず)しをはりて七兵衛に物などくはせ、さて日もくれければ仏壇(ぶつだん)の下の戸棚(とだな)にかくれをらせ、覗(のぞ)くべき節孔(ふしあな)もあり、さて仏(ほとけ)のともし火も家のもわざと幽(かすか)になし、仏のまへに新薦(あらこも)をしきて幽霊(いうれい)を居(を)らする所とし、入り口の戸をもすこしあけおき、研(とぎ)たてたる剃刀(かみそり)二てうを用意(ようい)し今や〳〵と幽霊(いうれい)を待居(まちゐ)たり。此夜はしかも雪になりて、すこしあけおきたる戸口よりもふりこむ風にあかしもきえんとするゆゑ、戸をさし炉(ろ)のはたにありて戸棚の七兵衛にいふやう、蒲団(ふとん)はしきおきたり、そこにありて眠(ねふ)り玉ふな。いかでさることせん、幽霊を見んとおもへば心に念仏(ねんぶつ)するのみ也。御坊(ごばう)こそくせをいだしてふねこぎ玉ふらめ、吁(あ)、音(おと)たかししづかにいへ、幽霊を見るともかまへて音をたて玉ふな、といひつゝ手作(てさく)とて人にもらひたる烟草(たばこ)のあらく刻(きざみ)たるもやゝ吸(すひ)あきて、呻(あくび)に念仏(ねぶつ)を噛(かみ)まぜ頷(おとが)ひ撫(なで)まはししが髭(ひげ)をぬきて居たり。雪は雪簾(ゆきだれ)にあたりてさら〳〵と音(おと)のふのみ、四隣(しりん)なければ寂(せき)として声(こゑ)なくやゝ時もうつりけり。

○さて幽霊は影(かげ)も見えず、源教(げんけう)は炉(ろ)に温(あたゝま)りて睡眠(ねふけ)をもよほし、居眠(ゐねふ)りしつゝ終(つひ)に倒れんとして目をひらきしに、お菊が幽霊(いうれい)何時(いつ)か来(きた)りて仏(ほとけ)に対(むか)ひ、まうけたる新薦(あらこも)の上に坐(すは)り頭(かしら)を低(たれ)てゐたり。さすがの源教(げんけう)も戦慄(ぞつと)せしが、心をしづめてよくこそきたりつれといふに、幽霊(いうれい)はさらにことばをいださず、すがたは昨夜(よんべ)見たるにたがはず。源教(げんけう)手(て)をそゝぎ盥(たらい)に水をくみとり剃刀(かみそり)をもちて立より見れば、打みだしたる髪(かみ)つゆのたるばかりぬれてあり。されど雪ふるなかをきたりしといふしるしもなし。心におもふやう、これが髪の毛をのこしとゞめて后(のち)のしるしとせばやなど心して剃刀(かみそり)をはこばせけるに、そりおとす髪の毛糸をつけて引がごとくかれが懐(ふところ)に入る。女なれば髪の毛を惜(をし)むならんと毛を指(ゆび)にからみて剃(そ)りしに、自然(おのづから)ふところに入りて手にとゞまらず。とかくして剃(そ)りをはり、わづかすこしの毛はやうやくとりとゞめつ。幽霊(いうれい)は白く痩(やせ)たる掌(て)を合(あは)せ、仏(ほとけ)を拝(をが)みつゝすがた次第(しだい)に薄(うす)くなると見えしがきえうせけり。

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