六十五 雪中鹿を追ふ

北越雪譜 原文
原文現代語訳

他国の人、越後はすべて大雪の国とおもふめれどさにあらず。まへにもいへる如(ごと)く海浜(かいひん)に近き所は雪浅し。雪ふかきは魚沼(うをぬま)・頸城(くびき)・古志(こし)の三郡(ぐん)、或(あるひ)は苅羽(かりは)・三嶋(みしま)の二郡、(所によりて深浅あり)蒲原(かんばら)は大郡にて雪薄(うす)き所なれども東南は奥羽(あうう)に隣(とな)りて高嶺(かうれい)つらなるゆゑ、地勢によりては雪深き所あり。雪深き所は雪中牛馬を駆(つかは)ず、いかんとなれば人は雪に便利(べんり)のはきものを用ふれども牛馬にはこれをほどこす事あたはず、もし雪中にこれを追(おは)ば首(くび)のあたりまで雪にうづまらん、さればつかふ事ならざる也。およそ十月より歳(とし)を越(こ)えて四月のはじめまでは、むなしくやしなひおくのみ也。これ暖国(だんこく)にはなき難儀(なんぎ)の一ツ也。さて獣(けもの)はまへにもいへるごとく、初雪(しよせつ)を見て山つたひに雪浅き国へ去(さ)る、しかれども行后(ゆきおく)れて雪になやむもあればこれを狩(か)る事あり。(熊の事は上巻にいへり)野猪(ゐのしゝ)は猛(たけ)きゆゑ雪ふかくとも得(え)やすからず、鹿(しか)・羚羊(くらしゝ)などは弱(よわ)きものゆゑ雪には得(え)やすし。鹿はことさら高脛(たかはぎ)なるゆゑ雪にはしる事人よりおそきに似(に)たり。鹿は深山(みやま)をこのまず、おほかたは端山(はやま)に居(を)るもの也。すべて物に慣(なる)ればその妙あり、山猟(さんれふ)に慣(なれ)たる者は雪の足跡(あしあと)を見てその獣(けもの)をしり、またこれは今朝のあしあと、こは今ゆきしあとゝその時をもしる也。三国嶺(みくにたふげ)より北へつゞく二居(ふたゐ)の人(たふげあるところ也)の鹿おひしたるをきゝしに、いざ鹿おひにゆかんとてかたらひあはせ、おの〳〵雪を漕(こ)ぐべき(ふかき雪をゆくを里ことばにこぐといふ)ほどに、身をかため山刀をさし、銕炮(てつはう)手鎗(てやり)又棒(ぼう)など持(もち)て山に入り、かの足跡(あしあと)をたづねあとに随(したが)へばかならず鹿を見る。かれ人を見て逃(にげ)んとすれども人のはしるにおよばず、鹿は深田(ふかた)をゆくがごとく終(つひ)には追(お)ひつめられてころさる。あるひは剛勇(がういゆう)の人などは角(つの)をとりてねぢふせ、山刀にて剌殺(さしころす)もありとぞ。これらは暖国(だんこく)にはなき事ならめ。

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