他国の人、越後はすべて大雪の国とおもふめれどさにあらず。まへにもいへる如く海浜に近き所は雪浅し。雪ふかきは魚沼・頸城・古志の三郡、或は苅羽・三嶋の二郡、(所によりて深浅あり)蒲原は大郡にて雪薄き所なれども東南は奥羽に隣りて高嶺つらなるゆゑ、地勢によりては雪深き所あり。雪深き所は雪中牛馬を駆ず、いかんとなれば人は雪に便利のはきものを用ふれども牛馬にはこれをほどこす事あたはず、もし雪中にこれを追ば首のあたりまで雪にうづまらん、さればつかふ事ならざる也。およそ十月より歳を越えて四月のはじめまでは、むなしくやしなひおくのみ也。これ暖国にはなき難儀の一ツ也。さて獣はまへにもいへるごとく、初雪を見て山つたひに雪浅き国へ去る、しかれども行后れて雪になやむもあればこれを狩る事あり。(熊の事は上巻にいへり)野猪は猛きゆゑ雪ふかくとも得やすからず、鹿・羚羊などは弱きものゆゑ雪には得やすし。鹿はことさら高脛なるゆゑ雪にはしる事人よりおそきに似たり。鹿は深山をこのまず、おほかたは端山に居るもの也。すべて物に慣ればその妙あり、山猟に慣たる者は雪の足跡を見てその獣をしり、またこれは今朝のあしあと、こは今ゆきしあとゝその時をもしる也。三国嶺より北へつゞく二居の人(たふげあるところ也)の鹿おひしたるをきゝしに、いざ鹿おひにゆかんとてかたらひあはせ、おの〳〵雪を漕ぐべき(ふかき雪をゆくを里ことばにこぐといふ)ほどに、身をかため山刀をさし、銕炮手鎗又棒など持て山に入り、かの足跡をたづねあとに随へばかならず鹿を見る。かれ人を見て逃んとすれども人のはしるにおよばず、鹿は深田をゆくがごとく終には追ひつめられてころさる。あるひは剛勇の人などは角をとりてねぢふせ、山刀にて剌殺もありとぞ。これらは暖国にはなき事ならめ。
六十五 雪中鹿を追ふ
北越雪譜 原文
原文現代語訳