まへにもいへるごとく雪のうちに春をむかふるゆゑ、歳越の日などはいづれの家にてもことさらに雪を掘て窻のあかりをとり、ほりたる雪も年越の事しげきにまぎれて取除をはらず、掘揚の屋上にひとしき雪道歩行にたよりあしき所もあり。ひとゝせ歳越の夜、余が点をしたる俳諧の巻を懐にし、俳友兎角子を伴ひ、その巻の催主のもとへいたりて巻を主に遣しければ、よろこびて、今夜はめでたき夜なり、ゆる〳〵語り玉へとて、主人の妻娶娘も打まじりてもてなしけり。さてさま〴〵の雑談のなかにあるじのつま牧之に、歳こしの夜は鬼の来るとて江戸には厄払ひといふものありて鬼を追ふ事をおもしろくいひたてゝ物乞ひすときゝしが、むかしもさる事ありしや、鬼の来るといふ空言も古きつたへにやと問ふ。余こたへて、そはあるじが持玉ふ年浪草に吾山があらましはしるせり、かの書を見玉へといひしに、兎角子は酒にも酔たれば戯言ていふやう、鬼のくるといふ事いかでそらごとならん、女などのあつまりをる所は鬼の好む所也。鬼のくればこそとしこしの豆まきを鬼やらひとはいふなれ、俳諧の季よせにも見えたりといふ。母のかたはらにゐたる十三になる娘がいふ、わぬしその鬼を見し事ありしや。見たりとも〳〵鬼にもさま〴〵あり、青鬼赤鬼は常の事也、㒵の白くてやさしきを白鬼といひ、黒くて肥太りたるを黒鬼といふ。おのれ江戸に在し時、厄払が鬼をかいつかみて西の海へさらりと投たるを見たる事あり、その鬼は黒かりし。江戸の歳越にさへ夜は鬼のありくなれば、こゝらのとしこしには鬼はいくらもありくべし。あかり窓よりのぞきやすらんとたはむれにおどせば、よめもむすめも空言のたまふなと口にはいへど、母の左右によりつきておそるゝさま也けり。かゝるをりしも人々の座りゐたる后の方にたかきあかり窓ありしが、きびしき音ありてまどをやぶり、掘あげの雪がら〳〵と崩れおちたる中に人の降りくだりければ、女はみな吁といひてうつぶして愕然迷ひ、男はみな立あがりておどろきけり。下部らもこのおとにみなはせよりて、崩れおちたる雪にまみれたる人を見れば、此家へも常にきたる福一といふ按摩とりの小座頭也けり。幸ひに疵もうけずあたま撫まはし腰をさする、こは福一なりとてみなわらへばおのれもわらふ。下部らはおちたる雪をとりのけ窓をもかりにつくろひなどす。あるじの妻はらたてゝ、いかに福一、兎角どのゝ鬼のはなししてをられしに鬼かとおもひて皆きもをひやせり、めでたきとしの夜に盲が窓よりふりこみしはいまはしき事なり、とく〳〵いでゆけとてしたゝかにしかりければ、あるじ、さなしかり給ひぞ、福一いかにして窓よりおちいりしぞ、いためし所はなきかといふ。福一うちゑみつゝ、いためし所は候はず、今夜のおめでたを申さんとてこそやどはいでたれ、なにやつのしわざにや、掘あげの道きのふとはちがひてあしもとあしくしおきたれば、あやまちて転たるが窓をもおしやぶりておち入たる也、わろさにてしたるには候はずゆるし玉へといふ。娵も娘も口をそろへ、鬼にやとていみじくおびえたり、憎き盲めと腹立ていふ。あるじのつまいかりをやめず、しかもことしの吉方にあたる窓をやぶり目のなきものゝ入りしは、かへす〳〵いまはしき事也、とく〳〵かへれとのゝしりければ、兎角かたはらより、福一まづかへりて又こよ、そのうちにわびしておくべしといへど、福一かしらをたれものを按ずるさまなりしが、やがて兎角にむかひ、哥一首よみ候かきて玉はれといふ。此福一はとしわかけれど俳諧もざれ哥をもよむものなれば、あるじ、こはおもしろしとて兎角がかきたるをよませてきけば、そのうたに
吉方から福一といふこめくらが入りてしりもちつくはめでたし
このうたにて人々めでたし〳〵ときやうじ、手など抃ていさみよろこび、ふたゝび盃をめぐらしけり。あるじもんつきの羽織を娶にとりいださせて、哥のろくとて福一にとらせければ、膝にのせてなでさぐり、あやまちの高名しつとてゑみはうけてよろこびつゝ、めでたく歳越にきそはじめせんとて、羽おりきてなでさぐり、かたちをつくりて猶よろこびけり。之が吉瑞と成けん、此年此家の娶初産に男子をまうけ、やまひもなくておひたち、三ツのとし疱瘡もかろくして今年七ツになりぬ。福一はかゝる伶俐ものなりしゆゑ、今江戸にありて宦にもすゝみしと聞ぬ。目でたき事どもなりけり。