七十一 古哥ある旧蹟

北越雪譜 原文
原文現代語訳

蒲原郡(かんばらごほり)の伊弥彦山(いやひこさん)(弥一作夜)伊弥彦社(いやひこのやしろ)を当国第一の古跡(こせき)とす。祭(まつ)るところの御神は饒速日命(にぎはやひのみこと)の御子天香語山命(あまのかごやまのみこと)なり。 元明天皇(げんみやうてんわう)の和銅(わだう)二年の垂跡(すゐしやく)とす。(社領五百石)此山さのみ高山にもあらざれども、越後の海浜(かいひん)八十里の中ほどに独立(どくりう)して山脉(さんみやく)いづれの山へもつゞかず。右に国上山(くにかみやま)、左に角田(かくだ)山を提攜(ていけい)して一国の諸山(しよざん)是(これ)に対(たい)して拱揖(きよういふ)するが如(ごと)く、いづれの山よりも見えて実(じつ)に越後の鎮(ちん)ともなるべき山は是よりほかにはあらじとおもはる。さればこそ命(みこと)もこゝに垂跡(すゐしやく)まし〳〵たれ。此御神の縁起(えんぎ)或(あるひ)は灵験(れいげん)神宝(じんはう)の類(るゐ)記すべき㕝あまたあれども姑(しばらく)こゝに省(はぶく)。

○さて此山をよみたる古哥に(万葉)「いや日子(ひこ)のおのれ神さび青雲(あをくも)のたなびく日すら小雨(こさめ)そぼふる(よみ人しらず)」又家持(やかもち)に「いや彦の神のふもとにけふしもかかのこやすらんかはのきぬきてつぬ(角)つきながら」▲長浜(ながはま) 頸城郡(くびきごほり)に在(あ)り。(三嶋郡とする説もあり)家持(やかもち)の哥に「ゆきかへる雁(かり)のつばさを休(やす)むてふこれや名におふ浦(うら)の長浜(ながはま)」▲名立(なだち) 同郡西浜(にしはま)にあり、今は宿(しゆく)の名によぶ。 順徳院の御製に(承久のみだれに佐渡へ遷幸の時なり)「都(みやこ)をばさすらへ出(いで)し今宵(こよひ)しもうき身名立(なだち)の月を見る哉(かな)」▲直江津(なほえのつ) 今の高田の海浜(かいひん)をいふ。 同御製に「なけば聞(きゝ)きけば都(みやこ)のこひしきに此里(このさと)すぎよ山ほとゝぎす」▲越(こし)の湖(みづうみ) 蒲原(かんばら)郡に潟(かた)とよぶ処多し。里言(りげん)に湖(みづうみ)を潟(かた)といふ。その大なるを福嶋潟(ふくしまがた)といふ、四方三里計(ばかり)。此潟(かた)に遠からずして五月雨山(さみだれやま)あり。貫之(つらゆき)の哥に「潮(しほ)のぼる越(こし)の湖(みづうみ)近(ちか)ければ蛤(はまぐり)もまたゆられ来(き)にけり」又俊成卿(としなりきやう)に「恨(うらみ)てもなにゝかはせんあはでのみ越(こし)の湖(みづうみ)みるめなければ」又為兼卿(ためかねきやう)「年(とし)をへてつもりし越(こし)の湖(みづうみ)は五月雨山(さみだれやま)の森の雫(しづく)か」▲柿崎(かきざき)(頸城郡にある駅也) 親鸞聖人(しんらんしやうにん)の詠(よみ)玉ひしとて口碑(こうひ)に伝(つた)へし哥に「柿崎にしぶ〳〵宿(やど)をもとめしに主(あるじ)の心じゆくしなりけり」按(あん)ずるに、聖人(しやうにん)御名を善信(ぜんしん)と申て三十五歳の時讒口(ざんこう)に係(かゝ)りて越後に謫(なが)さる、時に承元(しようげん)元年二月なり。後(のち)五年を経(へ)て勅免(ちよくめん)ありしかども、法(ほふ)を弘(ひろめ)ん為(ため)とて越後にいまししこと五年なり、故(ゆゑ)に聖人の旧跡(きうせき)越地に残(のこ)れり。弘法(ぐほふ)廿五年御歳六十の時洛(みやこ)に皈(かへり)玉へり。(越後に五年、下野に三年、常陸に十年、相模に七年也)弘長(こうちやう)二年十一月廿八日遷化(せんげ)寿(ことぶき)九十歳。件(くだん)の柿崎(かきざき)の哥も弘法行脚(ぐほふあんぎや)の時(とき)の作なるべし。

此外▲有明(ありあけ)の浦(うら)▲岩手(いはで)の浦(うら)▲勢波(せば)の渡(わたし)▲井栗(ゐくり)の森(もり)▲越(こし)の松原いづれも古哥あれども、他国(たこく)にもおなじ名所あればたしかに越後ともさだめがたし。さて今を去㕝(さること)(天保十一子なり)五百四十一年前、永仁(えいにん)六年戌のとし藤原為兼卿(ためかねきやう)佐渡へ左遷(させん)の時、三嶋郡寺泊(てらどまり)の駅(えき)に順風(じゆんふう)を待(まち)玉ひし間(あひだ)、初君(はつぎみ)といふ遊女(いうぢよ)をめし玉ひしに、初君が哥に「ものおもひこし路(ぢ)の浦(うら)の白浪(しらなみ)も立かへるならひありとこそきけ」此哥吉瑞(きちずゐ)となりてや、五年たちてのち嘉元(かげん)元年為兼卿皈洛(きらく)ありて、九年の後(のち)正和元年玉葉集(ぎよくえふしふ)を撰(えらみ)の時、初君が件(くだん)の哥(うた)を入れられ玉へり、是を越後第一の逸事(いつじ)とす。初君が古跡(こせき)今寺泊(てらどまり)に在(あ)り、里俗(りぞく)初君屋敷(やしき)といふ。貞享(ぢやうきやう)元年釈門万元(しやくもんまんげん)記(しるす)といふ初君が哥の碑(いしぶみ)ありしが、断破(かけやぶれ)しを享和年間(きやうわねんかん)里入(りじん)重修(ちようしう)して今に存(そん)せり。

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