七十七 雪中の戯場

北越雪譜 原文
原文現代語訳

五穀豊熟(ごこくほうじゆく)して年(とし)の貢(みつぎ)も心易(こゝろやす)く捧(さゝ)げ、諸民(しよみん)鼓腹(はらつゞみ)の春に遇(あひ)し時、氏神の祭(まつり)などに遭(あひ)しを幸に地芝居を興行(こうぎやう)する㕝あり。役者は皆其処の素人(しろうと)あるひは近村(きんそん)近駅(えき)よりも来るなり。師匠(ししやう)は田舎芝居の役者(やくしや)を傭(やと)ふ。始(はじめ)に寺などへ群居(よりあひ)て狂言をさだめてのち、それ〳〵の役を定む。此群居(よりあひ)の議論(ぎろん)紛々(ふん〳〵)として一度にて果(はた)したる㕝なし。事定りてのち寺に於て稽古(けいこ)をはじむ、技(わざ)熟(じゆく)してのち初日をさだめ、衣裳(いしやう)髢(かつら)のるゐは是を借(かす)を一ツの業(なりはひ)とするものありて物(もの)の不足(たらざる)なし。此芝居二三月の頃(ころ)する事あり、此時はいまだ雪の消(きえ)ざる銀世界(せかい)なり。されば芝居を造(つく)る処、此役者等(ら)が家はさらなり、親類(しんるゐ)縁者(えんじや)朋友(はういう)よりも人を出し、あるひは人を傭(やと)ひ芝居小屋場の地所の雪を平(たひ)らかに踏(ふみ)かため、舞台(ぶたい)花道(はなみち)楽屋(がくや)桟敷(さじき)のるゐすべて皆雪をあつめてその形(かたち)につかね、なりよく造(つく)ること下の図(づ)を見て知るべし。此雪にて造(つく)りたる物、天又人工(じんこう)をたすけて一夜の間に凍(こほり)て鉄石の如くになるゆゑ、いかほど大入にてもさじきの崩(くづる)る気づかひなし。弥生(やよひ)の頃(ころ)は雪もやゝ稀(まれ)なれば、春色(しゆんしよく)の空(そら)を見て家毎(いへごと)に雪囲(かこひ)を取除(とりのく)るころなれば、処々より雪かこひの丸太あるひは雪垂(ゆきたれ)とて茅(かや)にて幅八九尺広(ひろ)さ二間ばかりにつくりたる簾(すだれ)を借(かり)あつめてすべての日覆(ひおひ)となす。ぶたい花みちは雪にて作りたる上に板をならぶる、此板も一夜のうちに冰(こほり)つきて釘付(くぎづけ)にしたるよりも堅(かた)し。暖(だん)国に比(くらぶ)れば論(ろん)の外(ほか)なり。物を売(うる)茶屋をも作(つく)る、いづれの処も平一面(めん)の雪なれば、物を煮処(にるところ)は雪を窪(くぼ)め糠(ぬか)をちらして火を焼(たけ)ば、雪の解(とけ)ざる事妙なり。

○さて戯場(しばゐ)の造作(ざうさく)成就(じやうじゆ)しても春の雪ふりつゞきて連日(れんじつ)晴(はれ)を見ず、興行(こうぎやう)の初日のびる時は役者になりたる家はさら也、此しばゐを見んとて諸方に逗留(とうりう)の客(きやく)多(おほ)く毎日空(そら)をながめて晴(はれ)を待(まち)わび、客(きやく)のもてなしもしつくして殆(ほとんど)倦果(うみはて)、終(つひ)には役者仲間(なかま)いひあはせ、川の冰(こほり)を砕(くだき)て水を浴(あび)千垢離(せんごり)して晴(はれ)を祈(いの)るもをかし。

百樹(もゝき)曰(いはく)、余(よ)丁酉の夏北越(ほくゑつ)に遊びて塩沢に在し時、近村に地芝居ありと聞(きゝ)て京水と倶(とも)に至りしに、寺の門の傍(かたはら)に杭(くひ)を建(たて)て横(よこ)に長(なが)き行燈(あんどん)あり、是に題(だい)して曰(いはく)、当院(たうゐん)屋根普請(やねふしん)勧化(くわんけ)の為(ため)本堂(ほんだう)に於(おい)て晴天(せいてん)七日の間芝居興行(こうぎやう)せしむるものなり、名題(なだい)は仮名手本(かなでほん)忠臣蔵役人替名とありて役者(やくしや)の名多(おほ)くは変名(へんみやう)なり。寺の門内には仮店(かりみせ)ありて物を売り、人(ひと)群(ぐん)をなす。芝居には仮(かり)に戸板を集(あつめ)て囲(かこひ)たる入り口あり、こゝに守(まも)る者(もの)ありて一人前(まへ)何程と価(あたひ)を取(とる)、これ屋根普請(やねふしん)の勧化(くわんけ)なり。本堂の上り段に舞台(ぶたい)を作り掛(かけ)、左に花道あり、左右の桟敷(さじき)は竹牀簀(たけすのこ)薦張(こもばり)なり。土間には薦(こも)を布(しき)、筵(むしろ)をならぶ。旅(たび)の芝居大概(たいがい)はかくの如しと市川白猿が話(はなし)にもきゝぬ。桟敷(さじき)のこゝかしこに欲然(もえたつ)やうな毛氈(まうせん)をかけ、うしろに彩色画(さいしきゑ)の屏風(びやうぶ)をたてしはけふのはれなり。四五人の婦みな綿帽子(わたばうし)したるは辺鄙(へんび)に古風を失(うしなは)ざる也。観人(みるひと)群(ぐん)をなして大入なれば、猿(さる)の如き童(わらべ)ども樹(き)にのぼりてみるもあり。小娘(ちひさきむすめ)が笊(ざる)を提(さげ)て冰々(こほり〳〵)とよびて土間(どま)の中を売(う)る。笊(ざる)のなかへ木の青葉(あをば)をしき雪の冰(こほり)の塊(かたまり)をうる也。茶を売べきを氷を売るは甚めづらし、氷のこと削氷(けづりひ)の条(くだり)にいふべし。

○さて口上いひ出て寺へ寄進(きしん)の物、あるひは役者へ贈物(おくるもの)、餅酒のるゐ一々人の名を挙(あげ)、品(しな)を呼(よび)て披露(ひろう)し、此処忠臣蔵七段目はじまりといひて幕(まく)開(ひらく)。おかるに扮(なり)しは岩井玉之丞とて田舎芝居の戯子(やくしや)なるよし、頗(すこぶ)る美(び)なり。由良の助に扮(なり)しは余(よ)が旅中(りよちゆう)文雅(ぶんが)を以(もつて)識(しる)人(ひと)なり、年若(としわか)なればかゝる戯(たはふれ)をもなすなるべし。常にはかはりて今の坂東彦三郎に似(に)たり。技(げい)も又観(みる)に足(たれ)り。寺岡平右ヱ門になりしは余(よ)が客舎(かくしや)にきたる篦頭(かみゆひ)なり、これも常にかはりて関三十郎に似て音声(おんせい)もまた天然(てんねん)と関三の如し。余(よ)京水と相(あひ)顧(かへりみ)て感じ、京水たはふれにイヨ尾張屋と誉(ほめ)けるが、尾張屋は関三の家号(いへな)なる事通じがたきや、尾張屋とほむるものひとりもなし。一幕(まく)にてかへらんとせしに守る者木戸をいださず、便所(べんじよ)は寺の後(うしろ)にあり、空腹(くうふく)ならば弁当(べんたう)を買(かひ)玉へ、取次(とりつぎ)申さんといふ。我のみにあらず、人も又いださず。おもふに、人(ひと)散(ちれ)ば演場(しばゐ)の蕭然(さみしくなる)を厭(いと)ふゆゑなるべし。いづくにか出(いづる)所あらんと尋(たづね)しに、此寺の四方垣(かき)をめぐらして出べきの隙(ひま)なし。折(をり)ふし童(わらべ)が外より垣をやぶりて入りたるその穴(あな)より両人くゞりいでしは、これも又可笑(をかしき)一ツにてぞありし。

現代語訳で読む →
← 前の項七十六 雪吹に焼飯を売