七十八 家内の氷柱

北越雪譜 原文
原文現代語訳

旧冬(きうとう)より降積(ふりつもり)たる雪家の棟(むね)よりも高く、春になりても家内薄暗(うすくら)きゆゑ、高窓(たかまど)を埋(うづめ)たる雪を掘(ほり)のけて明(あかり)をとること前にもいへるが如し。此屋上(やね)の雪は冬のうちしば〳〵掘のくる度々に、木鋤(こすき)にてはからず屋上(やね)を損(そん)ずる㕝あり。我国の屋上(やね)おほかたは板葺(いたぶき)なり、屋根板は他国に比(くらぶ)れば厚(あつ)く広(ひろ)し。葺たる上に算木(さんぎ)といふ物を作(つく)り添(そへ)石を置(おき)て鎮(おもし)とし風を防(ふせぐ)の便(たより)とす。これゆゑに雪をほりのくるといへどもつくすことならず、その雪のうへに早春(さうしゆん)の雪ふりつもりて凍(こほる)ゆゑ屋根のやぶれをしらず。春も稍深(やゝふかく)なれば雪も日あたりは解(とけ)あるひは焼火(たきび)の所雪早く解(とく)るにいたりて、かの屋根の損(そん)じたる処木羽(こば)の下たをくゞりなどして雪水漏(もる)ゆゑ、夜中俄に畳(たゝみ)をとりのけ桶鉢(をけはち)のるゐあるかぎりをならべて漏(もり)をうくる。もる処を修治(つくろはん)とするに雪全(まつた)くきえざるゆゑ手をくだす㕝ならず、漏は次第にこほりて座敷(ざしき)の内にいくすぢも大なる氷柱(つらゝ)を見る時あり。是暖国(だんこく)の人に見せたくぞおもはる。

百樹曰、余(よ)越遊(ゑついう)して大家の造(つく)りやうを見るに、楹(はしら)の太(ふとき)こと江戸の土蔵のごとし。天井(てんじやう)高く欄間(らんま)大なり、これ雪の時明(あかり)をとるためなり。戸障子(としやうじ)骨太(ほねふと)くして手丈夫(ぢやうぶ)なるゆゑ、閾(しきゐ)鴨柄(かもゑ)も広(ひろ)く厚(あつ)し。すべて大材(たいさい)を用(もちふ)る事目を駭(おどろか)せり、これ皆雪に潰(つぶれ)ざるの用心なりとぞ。江戸の町にいふ店下(たなした)を越後に雁木(がんぎ)(又は庇(ひさし))といふ、雁木の下広くして小荷駄(こにだ)をも率(ひく)べきほどなり、これは雪中にこの庇(ひさし)下を往来(ゆきゝ)の為(ため)なり。余(よ)越後より江戸へ皈(かへ)る時高田の城下を通(とほり)しが、こゝは北越第一の市会(しくわい)なり。商工(しやうこう)軒(のき)をならべ百物備(そなはら)ざることなし。両側一里余庇(ひさし)下つゞきたるその中を往(ゆく)こと、甚意快(いくわい)なりき。文墨(ぶんぼく)の雅人(がじん)も多しときゝしが、旅中(りよちゆう)年(とし)の凶(きやう)するに遭(あひ)、皈家(きか)を急(いそぎ)しゆゑ剌|《し》を入れざりしは今に遺憾(ゐかん)とす。

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