旧冬より降積たる雪家の棟よりも高く、春になりても家内薄暗きゆゑ、高窓を埋たる雪を掘のけて明をとること前にもいへるが如し。此屋上の雪は冬のうちしば〳〵掘のくる度々に、木鋤にてはからず屋上を損ずる㕝あり。我国の屋上おほかたは板葺なり、屋根板は他国に比れば厚く広し。葺たる上に算木といふ物を作り添石を置て鎮とし風を防の便とす。これゆゑに雪をほりのくるといへどもつくすことならず、その雪のうへに早春の雪ふりつもりて凍ゆゑ屋根のやぶれをしらず。春も稍深なれば雪も日あたりは解あるひは焼火の所雪早く解るにいたりて、かの屋根の損じたる処木羽の下たをくゞりなどして雪水漏ゆゑ、夜中俄に畳をとりのけ桶鉢のるゐあるかぎりをならべて漏をうくる。もる処を修治とするに雪全くきえざるゆゑ手をくだす㕝ならず、漏は次第にこほりて座敷の内にいくすぢも大なる氷柱を見る時あり。是暖国の人に見せたくぞおもはる。
百樹曰、余越遊して大家の造りやうを見るに、楹の太こと江戸の土蔵のごとし。天井高く欄間大なり、これ雪の時明をとるためなり。戸障子骨太くして手丈夫なるゆゑ、閾鴨柄も広く厚し。すべて大材を用る事目を駭せり、これ皆雪に潰ざるの用心なりとぞ。江戸の町にいふ店下を越後に雁木(又は庇)といふ、雁木の下広くして小荷駄をも率べきほどなり、これは雪中にこの庇下を往来の為なり。余越後より江戸へ皈る時高田の城下を通しが、こゝは北越第一の市会なり。商工軒をならべ百物備ざることなし。両側一里余庇下つゞきたるその中を往こと、甚意快なりき。文墨の雅人も多しときゝしが、旅中年の凶するに遭、皈家を急しゆゑ剌|《し》を入れざりしは今に遺憾とす。