わが国の雪は、里では三月ごろになるとしだいに消え、毎朝は鉄や石のように凍るが、日中は上からも下からも消える。月末になると目に見えるほど昨日今日と雪の丈が低くなり、もう雪も降るまいと雪囲いもあちこち取りのけ、家のまわりや庭などの雪も掘り捨てるが、雪は凍って固いので、雪を大鋸で(大鋸は方言で「おおぎり」という)挽き割って捨てる。その四角な雪を背負ったり、二人でかついだりするなど、暖かい国の雪とは大いに違う。雪で枝が折れないよう杉丸太を添えて縛りからげておいた庭木なども、ほどいてみると、さすがに梅は雪の中でつぼみをふくらませて春を待つ顔つきである。これが春の末である。このときになって、去年の十月以来暗かった座敷もようやく明るくなり、目の見えなかった人の目が開いたような心地がする。雛は飾っても、桃の節句は名ばかりで花はまだつぼみである。
四月になると田んぼの雪もまだらに消えて、去年の秋の彼岸にまいた野菜の類が雪の下から芽を出し、梅は盛りを過ぎ、桃や桜は夏を春とする。雪に埋もれていた庭の池を掘り出すと、去年の初雪以来二百日あまり真っ暗な水の中にいた金魚や緋鯉などがうれしげに浮かび泳ぐのも、「やれやれ、うれしや」と言っているようだ。五月になっても、人の手をつけない日陰の雪は依然として山をなしている。まして山林や奥深い谷の雪は、真夏の暑い盛りにも消えないところがある。