八十三 初夏の雪

北越雪譜 原文
原文現代語訳

我国の雪里地(さとち)は三月のころにいたれば次第(しだい)々々に消(きえ)、朝(あさ)々は凍(こほる)こと鉄石の如くなれども、日中(ひなか)は上よりも下よりもきゆる。月末にいたれば目にも留(とま)るほどに昨日今日(きのふけふ)と雪の丈け低くなり、もはや雪も降(ふる)まじと雪囲(かこひ)もこゝかしこ取のけ、家のほとり庭(には)などの雪をも掘(ほり)すつるに、雪凍りて堅(かた)きゆゑ雪を大鋸(おほのこぎり)にて(大鋸○里言に大切(だいぎり)といふ)ひきわりてすつる。その四角なる雪を脊負(せお)ひあるひは担持(になひもち)にするなど暖国(だんこく)の雪とは大に異(ことな)り、雪に枝(えだ)を折れじと杉丸太をそへてしばりからげおきたる庭樹(にはき)なども、解(とき)ほどけばさすがに梅は雪の中に莟(つぼみ)をふくみて春待かほなり、これ春の末なり。此時にいたりて去年十月以来(このかた)暗(くら)かりし坐敷(ざしき)もやう〳〵明(あかる)くなりて、盲人(まうじん)の眼(め)のひらきたる心地せられて、雛はかざれども桃の節供は名のみにて花はまだつぼみなり。四月にいたれば田圃(たはた)の雪も斑(まだら)にきえて、去年秋の彼岸(ひがん)に蒔(まき)たる野菜(やさい)のるゐ雪の下に萌(もえ)いで、梅は盛をすぐし桃桜は夏を春とす。雪に埋りたる泉水(せんすゐ)を掘(ほり)いだせば、去年初雪より以来(このかた)二百日あまり黒闇(まつくら)の水のなかにありし金魚(きんぎよ)緋鯉(ひこひ)なんどうれしげに浮泳(うかみおよぐ)も言(ものいはゞ)やれ〳〵うれしやといふべし。五月にいたりても人の手をつけざる日蔭(ひかげ)の雪は依然(いぜん)として山をなせり、況(いはん)や山林幽谷(さんりんいうこく)の雪は三伏の暑中にも消ざる所あり。

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