東游記に越前国大野領の山中に化石渓あり。何物にても半月あるひは一ヶ月此渓に浸しおけばかならず石に化す、器物はさらなり紙一束藁にてむすびたるが石に化たるを見たりとしるせり。我が越後にも化石渓あり、魚沼郡小出の在羽川といふ渓水へ蚕の腐たるを流しが一夜にして石に化したりと友人葵亭翁がかたられき。かの大野領の化石渓は東游記の為に名高けれども我が国の化石渓は世にしられず、又近江の石亭が雲根志変化の部に(前編)人あり語云、越後国大飯郡に寒水滝といふあり、此処深山幽谷にして沍寒の地なり。此滝坪へ万物を投こめおくに百日を過ずして石に化すとぞ、滝坪の近所にて諸木の枝葉又は木の実その外生類までも石に化たるを得るとぞ。予去る頃此滝の石を取よせし人ありて見るに、常の石にあらず全躰鐘乳なり、木の葉など石中にふくむ則石なり。雲林石譜にいふ鐘乳の転化して石になるならん云云。牧之案るに、越後に大飯郡なし又寒水滝の名もきかず。人あり語るとあれば伝聞の誤なるべし。盖北越奇談に会津に隣る駒が岳の深谷に入ること三里にして化石渓と名付る処あり、虫羽草木といへども渓に入りて一年を歴ればみな化して石となる。其川甚苦寒にして夏も渉べからざるが如し。又蘇門岳の北下田郷の深谷にも化石渓あり云々。雲根志の説はこれらの所を聞誤たるならん。
九十二 化石渓
北越雪譜 原文
原文現代語訳