九十二 化石渓

北越雪譜 原文
原文現代語訳

東游記(とういうき)に越前国大野領の山中に化石渓(くわせきたに)あり。何物にても半月あるひは一ヶ月此渓(たに)に浸(ひた)しおけばかならず石に化す、器物(きぶつ)はさらなり紙一束(そく)藁(わら)にてむすびたるが石に化(くわし)たるを見たりとしるせり。我が越後にも化石渓あり、魚沼郡(うをぬまこほり)小出(こいで)の在(ざい)羽川(はかは)といふ渓(たに)水へ蚕(かひこ)の腐(くさり)たるを流(ながし)しが一夜にして石に化(くわ)したりと友人(いうじん)葵亭翁(きていをう)がかたられき。かの大野領の化石渓は東游記の為(ため)に名(な)高(たか)けれども我が国の化石渓は世にしられず、又近江の石亭が雲根志(うんこんし)変化の部に(前編)人あり語云、越後国大飯郡(おほひこほり)に寒水滝(かんすゐたき)といふあり、此処深山幽谷(しんさんいうこく)にして沍寒(こかん)の地なり。此滝坪(つぼ)へ万物を投(なげ)こめおくに百日を過(すぐさ)ずして石に化すとぞ、滝坪の近所にて諸木の枝葉又は木の実(み)その外生類(しやうるゐ)までも石に化たるを得るとぞ。予(よ)去る頃此滝の石を取よせし人ありて見るに、常の石にあらず全躰(ぜんたい)鐘乳(しようにう)なり、木の葉など石中にふくむ則(すなはち)石なり。雲林石譜(うんりんせきふ)にいふ鐘乳(しようにう)の転化(てんくわ)して石になるならん云云。牧之(ぼくし)案(あんず)るに、越後に大飯郡(おほひごほり)なし又寒水滝(かんすゐたき)の名もきかず。人あり語(かた)るとあれば伝聞(でんぶん)の誤(あやまり)なるべし。盖(けだし)北越奇談(ほくゑつきだん)に会津(あひづ)に隣(とな)る駒(こま)が岳(たけ)の深谷(しんこく)に入ること三里にして化石渓(くわせきたに)と名付る処あり、虫羽(ちゆうう)草木といへども渓(たに)に入りて一年を歴(ふ)ればみな化して石となる。其(その)川甚苦寒(くかん)にして夏も渉(わたる)べからざるが如し。又蘇門岳(そもんがたけ)の北下田郷(しただがう)の深谷(しんこく)にも化石渓(くわせきたに)あり云々。雲根志(うんこんし)の説(せつ)はこれらの所を聞誤(きゝあやまり)たるならん。

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