九十三 亀の化石

北越雪譜 原文
原文現代語訳

吾が同郡(どうぐん)岡(をか)の町(まち)の旧家(きうか)村山藤左ヱ門は余(よ)が壻(むこ)の兄なり。此家に先代より秘蔵(ひさう)する亀の化石(くわせき)あり、伝(つたへ)ていふ、近(ちか)き山間(さんかん)の土中より掘得(ほりえし)といふ、実(じつ)に化石の奇品(きひん)なり、茲(こゝ)に図(づ)を挙(あげ)て弄石家(ろうせきか)の鑒(かん)を俟(まつ)。

百樹(もゝき)曰、件(くだん)の図(づ)を視(み)るに常にある亀とは形状(かたち)少しく異(こと)なるやうなり。依て案(あんず)るに、本草(ほんざう)に所謂(いはゆる)秦亀(しんき)一名筮亀(ぜいき)あるひは山亀といひ、俗に石亀(いしがめ)といふ物にやあらん。秦亀(しんき)は山中に居(を)るものなり、ゆゑに呼(よん)で山亀といふ。春夏は渓水(けいすゐ)に遊び秋冬は山に蔵(かく)る、極(きはめ)て長寿する亀は是なりとぞ。又筮亀(ぜいき)と一名するは周易(しうえき)に亀を焼(やき)て占ひしも此亀なりとぞ。件(くだん)の亀の化石、本草家の鑒定(かんてい)を得(え)て秦亀(しんき)ならば一層(そう)の珎(ちん)を増(ます)べし。山にて掘(ほり)得(え)たりとあれば秦亀(しんき)にちかきやうなり。化石といふものあまた見しに、多は小(ちひさ)きものにてあるひはまた体(かたち)全(まつたき)も稀(まれ)なり。図(づ)の化石は体(かたち)全(まつた)く且(そのうへ)大なり、珎(ちん)とすべし。

○余(よ)先年俗にいふ大和(やまと)めぐりしたるをり、半月あまり京にあそび、旧友(きういう)の画家春琴子(しゆんきんし)に就(つい)て諸名家(しよめいか)をたづねし時、鴻儒(かうじゆ)の聞(きこえ)高き頼(らい)先生(名襄、字子成、山陽と号、通称頼徳太郎)へも訪(とむら)ひ、坐談(ざだん)化石の事におよび、先生余(よ)に蟹(かに)の化石一枚を恵(めぐむ)。その色枯(かれ)ずして生(いける)が如く、堅硬(かたき)ことは石なり。潜確類書(せんかくるゐしよ)又本草(ほんざう)三才図会(づゑ)等にいへる石蟹(いしかに)泥沙(でいしや)と倶(とも)に化して石になりたるなるべし。盆養(ぼんやう)する石菖(せきしやう)の下(もと)におくに水中に動(うごく)が如し。亀の徒者(おとも)に其図(そのづ)を出(いだ)す、是も今は名家の形見(かたみ)となりぬ。

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