九十六 斎の神勧進

北越雪譜 原文
原文現代語訳

我が塩沢(しほざは)近辺(きんへん)の風俗に、正月十五日まへ七八歳より十三四までの男の童(わらべ)ども斎(さい)の神勧進(くわんじん)といふ事をなす。少し富家(ふか)の童(わらべ)これをなすには𣖾木(ぬるでのき)を上下より削(けづ)り掛(かけ)て鍔(つば)の形を作る、これを斗棒(とぼう)といふ。これを二本大小にさし、上下をちやくし、童僕(わらべのとも)に一升ますをもたせ又はひもありてくびにかくるあり。その中へ五六寸ばかりの木を頭(かしら)ばかり人形に作り、目鼻をゑがき、二ツつくりて女神男神とし、女神はかしらに綿(わた)をきせ、紙にて作りたる衣服に紅(べに)にて梅の花などゑがく。男神には烏帽子をきせ、木をけづりかけて髭(ひげ)とす。紙のいふくに若松などゑがく。此二ツをかの升の内におき、斎(さい)の神勧進々々(かみくわんじん〳〵)とよばゝりありく。敢(あへて)物(もの)の欲(ほしき)にもあらず正月あそびの一ツなり、これ一人のみにあらず、児輩(こども)おの〳〵する事なり。これに与(あた)ふるものは切餅あるひは銭も与(あた)ふ。又まづしきものゝわらべらは五七人十人余(よ)も党(たう)をなし、茜木綿(あかねもめん)の頭巾(づきん)にあさぎのへりをとりたるをかむり、かの斗棒(とぼう)を一本さし、かの二(ふた)神を柳こりに入れて首にかけ〽さいの神くわんじん、銭でも金でもくはつ〳〵とおやれ〳〵 と門々(かど〳〵)をおしありく。これに銭をもあたへあるひは濁(にご)り酒などのませ、顔に墨をぬりてわらひどよめく、これかならずするならはせなり。又長岡のほとりにてはかの斗棒のけづりかけの三尺ばかりなるに、宝づくしなどゑがきたるをさして勧進(くわんじん)す、これは小児にあらず、大人のいやしきがわざなり。勧進(くわんじん)のことばに「ぜにでもかねでもおいやれ、らいねんの春は娵(よめ)でも聟(むこ)でもとるやうに、泉のすみからわくやうに、すつくらすわいとおいやれ〳〵」かくして勧進の銭をあつめて斎(さい)の神を祭(まつ)る入用とするなり。(さいの神のまつり下にしるす)又去年むこよめをむかへたる家の門(かど)に、未明(みめい)よりわらべども大勢あつまり、かの斗棒をもつて門戸を敲(たゝ)き、よめをだせむこをだせと同音によばゝりたゝく。これを里俗の祝事(いはひごと)とすればいかる家なく、小どもを入れて物などくはするもあり、かゝる俗習(ぞくしふ)他国にもあまたあるべし。

○さて此事たあいもなき小どものたはむれとのみおもひすぐししに、醒斎(せいさい)京伝翁が骨董集(こつとうしふ)を読(よみ)て本拠(ほんきよ)ある事を発明(はつめい)せり。骨董集(こつとうしふ)上編下、粥(かゆ)の木の条(くだり)に、○粥杖(かゆづゑ)○祝木(いはひぎ)○ほいたけ棒(ぼう)といふ物、前にいひし斗棒(とぼう)に同じ。京伝翁の説(せつ)に、粥(かゆ)の木とは正月十五日粥を烹(に)たる薪(たきゞ)を杖(つゑ)とし、子もたぬ女のしりをうてば男子をはらむといふ祝ひ事なりとて、○枕(まくら)の草紙(さうし)○狭衣(さごろも)○弁内侍(べんのないし)の日記(にき)その外くさ〳〵の書(しよ)を引(ひき)て、上代の宮裏(きうり)近古(きんこ)の市中(しちゆう)粥杖(かゆつゑ)の事を挙(あげ)て、考証(かうしやう)甚(はなはだ)詳(つまびらか)なり。今我が郡にいふ斗棒(とぼう)は則(すなはち)いにしへの粥杖(かゆつゑ)の遺風(ゐふう)なる事を発明(はつめい)せり、我国にも祝木(いはひぎ)あるひは御祝棒(おいはひぼう)といふ所もあり。これ七八百年前より正月十五日にする事、京伝翁が引れたる書(しよ)にてしらるゝなり。その引書(いんしよ)の中(なか)にも明人の作「日本風土記」にあるはもつとも我国のによく似たり、此書(しよ)は今より三百年ばかりいぜんの日本の風俗を明人が聞(きゝ)つたへて書たるものなれば、今我国にて小童(こども)のたはむれにするも三百年ばかりさきの風俗遠境(ゑんきやう)にもうつりのこりたるなるべし。京伝翁が引たる日本風土記(巻の二時令の部とあり、漢文のまゝを引たれどこゝにはかなをまじふ)に「但(たゞ)街道(がいだう)郷村(きやうぞん)の児童(ぢどう)年十五八九已上に及(およ)ぶ者(もの)、各(おの〳〵)柳の枝を取り皮を去(さ)り木刀(ぼくたう)に彫成(きざみ)なし、皮を以復(また)外(ほか)刀上(たうしやう)に纏(まと)ひ用火(ひにて)焼黒(やきくろ)め皮を去(さ)り以(もつて)黒白の花(もやう)を分(わか)つ、名づけて荷花蘭蜜(こばらみ)といふ。再(ふたゝび)荊棘(けいきよく)の条(えだ)を取(とり)香花(かうくわ)神前(しんぜん)に挿(さしはさみ)供(くうず)。次に集(あつま)る各童(わらべども)手に木刀を執(とり)途(みち)に隊閙(たいだうし)、凡(すべて)有婚(こんれいして)无子(こなき)の婦(をんな)木刀を将(もつ)て遍身(へんしん)打之(これをうち)口に荷花蘭蜜(こばらみ)と舎(とな)ふ。かならず此婦(をんな)当年(このとし)孕(はらみ)男を生(うむ)」我国にて児童等(こどもら)が人の門(かど)を斗棒(とぼう)にてたゝき、娵(よめ)をだせ聟(むこ)をだせとのゝしりさわぐは、右の風土記の俗習(ぞくしふ)の遺事(ゐじ)なるべし。

百樹(もゝき)案に、件(くだん)の風土記に再(ふたゝ)び荊棘(けいきよく)の条(えだ)を取り香花(つねにいのる)神前に挿(さしはさむ)といひしは、餅花(もちばな)を神棚(かみたな)へ供(くう)ずる事を聞て粥杖(かゆつゑ)の事と混錯(こんさく)して記したるなるべし。然(しか)りとすれば餅花(もちはな)も古き祝事(しゆくじ)なり。

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