農家市中正月の行事に鳥追といふ事あり。此事諸国にもあれば、其なす処其国によりてさま〴〵なる事は諸書に散見せり。江戸の鳥追といふは非人の婦女音曲するを女太夫とて木綿の衣服をうつくしく着なし、顔を粧ひ、編笠をかむり、三弦に胡弓などをあはせ、賀唱をおもしろくうたひ、門々に立て銭を乞ふ。此事元日よりはじめ、松の内をかぎりとす、松すぎてもありく所もありとぞ。我越後には小正月の(小正月とは正月十五日以下をいふ)はじめ鳥追櫓とて去年より取除おきたる山なす雪の上に、雪を以て高さ八九尺あるひは一丈余にも、高さに応じて末を広く雪にて櫓を築立、これに登るべき階をも雪にて作り、頂を平坦になし松竹を四隅に立、しめを張わたす(広さは心にまかす)内には居るべきやうにむしろをしきならべ、小童等こゝにありて物を喰ひなどして遊び、鳥追哥をうたふ。その一ツに「あのとりや、どこからおつてきた、しなぬのくにからおつてきた。なにをもつておつてきた、しばをぬくべておつてきた、しばのとりもかばのとりも、たちやがれほい〳〵引」おらがうらのさなへだのとりは、おつても〳〵すゞめたちやがれほい〳〵引」あるひはかの掘揚(雪をすてゝ山をなす所)の上に雪を以て四方なる堂を作りたて、雪にて物をおくべき棚をもつくり、むしろをしきつらね、なべ・やくわん・ぜん・わん抔此雪の棚におき、物を煮焼し、濁酒などのみ、小童大勢雪の堂に(いきんだうと云)遊び、同音に鳥追哥をうたひ、終日こゝにゆきゝして遊びくらす。これ暖国にはなき正月あそびなり。此鳥追櫓宿内にいくつとなく作り党をなしてあそぶ。
百 鳥追櫓
北越雪譜 原文
原文現代語訳